「森の魔女カフェ」のこと。
目でも味でも人々を楽しませた「森の魔女カフェ」8年間の仕事に敬意を示し、そして6月の新たなる出立を祝すため、これを書き残します。
閉店の知らせを聞いたのは4月9日のことでした。
お客様各位
— 森の魔女カフェ (@majyocafe) 2024年4月9日
2024年4月30日をもちまして森の魔女カフェは閉店させていただく事となりました。
8年間何度も足を運んでいただいたお客様、遠方より来店していただいたお客様、魔女カフェを愛してくださった全てのお客様に、心より感謝致します。… pic.twitter.com/Iem6tNyznu
1年半前、東京から何時間かかけてたどり着いたお店。「色づく世界の明日から」のまほうやの原型(モデル)となったお店は、長崎市街地からは遠く遠く離れていまして、どうしても足が届かず、最初に訪れたのは、放映から4年も経った頃、雲一つない晴天の日でした。
飛行機とバスとタクシーを乗り継いでお店の中に入れば、そこはまほうや、、、と思いきや、オーナーの拘りを感じさせる調度品が所せましと飾られた、こじんまりとした一つのカフェでした。まさにこの神秘的でどこか懐かしい空間こそが、「色づく」の世界に一つの色彩(インスピレーションといってもいいでしょう。)をあたえたことを、お店の玄関口、来客を告げる扉のベルが鳴った瞬間に、理解できたものでした。
初めて訪れた時から、非常に記憶に焼き付いているお店であり、閉店の知らせを聞いてGW前には行かねばと思い、4月22日、雨が降り霧が霞む中、森の魔女カフェを再訪しました。
もうそろそろで、Googleマップからも消え、また別のヴィラへと変貌していることでしょう。消えゆくものに抗う術はただ一つ、「記録すること」であることから、このブログに訪問記を残しておきます。読み返せばそこには、一つのささやかな思い出が佇んでいることを願ってます。
(店内から外を見る、まるで時間が止まったかのよう。)
続きを読むThe Picture of Endorfin. 9th Album「Monologue off」と物語のきれはし
Endorfin. 9th Album「Monologue off」。それは「あの」愛おしいメルヘンの続き
名前もない黒猫と、私だけの秘密。
真っ白な部屋で目を覚ました少女が、黒猫と旅する物語。 さまざまな場所を巡る中で、少女は自らのことを思い出していく─
名前もない黒猫と、私だけの秘密。
— Endorfin.@春M3 N-15a,b (@endorfin31) 2021年4月23日
Endorfin. 9th Album "モノローグ・オフ"
真っ白な部屋で目を覚ました少女が、黒猫と旅する物語。
さまざまな場所を巡る中で、少女は自らのことを思い出していく─
『Arcaea』より「Alice's Suitcase」のロングを含む、全10曲を収録。#monologue_off #M3春 pic.twitter.com/63UsxW3sA6
- 1. アンダーマリン
- 2. Round & Round
- 3. 惑星トリップ
- 4. Alice's suitcase
- 5. モノローグ・オフ
続きを読む
現代吟遊詩人はかく語りき~角巻わため「my song」~
君が1人で終わりない旅に出るならどうかどうか幸運を 新世界のα 雑感
*本当に取り留めのない雑感です。
1. Prologue
「新世界のα」 それを初めて聴いたのは2017年冬のこと。その時発売されたcomposer:竹下智博さんの「World Hitchhiker! 2」に1曲目書き下ろし曲として収録されていて、クレジットにVo. Lunaさん、lyricsにシナリオライターの新島夕さんと中々豪華な顔ぶれが踊っていた、当時としてはそんな記憶しかないと思う。
竹下さんの楽曲はましろサマーOP. Pray's Color(Vo.はKOTOKOさん)で知り、その後も初恋1/1 ED. 「消せない気持ち」や、ゆめいろアルテット!ED. 「あるがままの小鳥より」、星織ユメミライの同タイトルOP(こちらはどんまるさんとの共作)といったエロゲを中心とした楽曲、アニメではCharlotteといったVisual Arts関係の楽曲を手がけていて、自分はそういう類の曲が好きだった。だから「World Hitchhiker! 2」で繰り返し聴いていたのは、エロゲOPEDの提供曲であり、新規書き下ろしの「新世界のα」はあまり聴いていなかった。しかも尻切れ蜻蛉な終わり方をするので、聴き終わったときのカタルシスが感じられないのも、当時の私にとって不満だった。
そんなこんなでこの楽曲ごと記憶の隅に追いやられて2020年となった。そこからの3,4年間というものの、ミリマスやデレステの楽曲にハマり、みっくを応援し始め、ふとした縁でEndorfin.を追いかけて、本当にこのアルバムの存在自体忘れてしまっていたと思う。(サインももらったはずなのにね)
そんな2020年のある日、「新世界のα」は「アインシュタインより愛を込めて」のOP1として再度世に姿を現した。シナリオは新島さん。3年前の曲とこうした機縁でまた出会い、懐かしさとともに、「すでに3年以上前から計画されていたのか」という驚きを含め、壮大な伏線回収のようなものを感じ心が躍った。「シナリオから曲を着想するのではなく、曲からシナリオを着想させる」と評されていたが、まさにその通りで曲→ストーリーという展開は珍しいと思った。「3月2日月曜日」つまり2020年にその日を迎え、当時はよくわからなかった抽象的な歌詞も、愛内周太と有村ロミの物語として肉付けされて、その全貌が明らかになる。
さすがに3.4年も前の曲であり、シナリオ制作と並行して作られたと思われるからストーリーとの齟齬はあるかもしれない。しかし「新世界のα」をEDでも持ってきており、この曲の主題が繰り返し重要な意味を持っていることを示唆させる。その意味で制作者たちの「新世界のα」に対する力の入れ方は凄まじいと思う。
かつシナリオを辿りながら、改めて歌詞を見つめると、新島さんの筆致の鋭さがこれでもかと伝わってくる。「新世界のα」の魅力はエモーショルで疾走感ある竹下節と、この新島さんの言葉紡ぎの巧さにあると思う。シナリオライターだからってこともあるけど、口語的で一つ一つの言葉に無駄が無く、メロディーと合わせた時にそのフレーズが軽快に、そしてダイレクトに心に届く。爽快感とともに場面がめくるめく展開し、アイこめの物語に導く。
彼のシナリオを取っても、その世界観や構成自体に賛否両論はあれど(恋カケはそれで炎上したけど)、ワンシーンワンシーンの描き方は本当に丁寧で、ダイレクトに心情の機微がプレイヤーに伝わるのは否定できないと思う。「人間臭さ」といえば野暮だけど、真っ直ぐにそれを描こうとするその態度は、この「新世界のα」を契機に展開するアイこめは勿論、恋カケや魔女こいにっき、8年前のはつゆきさくらにも貫かれているものかと。
われわれは答えの出ない問題に愚直に探し続けなければならない。ゴーギャンのいうように「われわれはどこから来て、どこに行くのか」、たとい問いが消滅したとしても、新たに問いを打ち立て問い続けなければならない。きっとそういうふうにしか生きられない。そんな気がする。
2. Lyrics・影
私がここでうだうだ書くのは、お世話になった方の言葉を使うなら、「新世界のα」の物語の実像ではなく影である。「アイこめ」のストーリーやセリフをなるべく触れずに見ていきたいと思う。ただの要素の指摘、素材の発見を目的とするため、たどり着くところはまったくの前提・序論でしかないことは留意していただきたい。
構成はA→B→サビ→A→B→C→落ちサビ→coda。こんな中途半端な構成をしている曲も中々ないと思う。落ちサビからのcodaへの突然の移行は衝撃的で聴きどころ。
歌詞の物語のアウトラインを追うと、新世界の扉を開くか、閉じて新世界からさよならするか、後者を選択し名残惜しげに別れる、というふうに理解できる。1番Aメロの「3月2日月曜日 賑やかな夜」coda「6月◯日 月曜日 よく晴れた朝」と絵日記のように時系列を示し両端を合わせる。その中、で2番AメロBメロで本筋とは一見関係ない話が挿入される。そしてキーワードとして「神話」が登場する。これは1番サビ、2番Aメロ、落ちサビ、codaと要所要所計4回繰り返される。
以上のように複雑な要素を織り交ぜながら、新世界とさよならする、という筋書きが新世界のαである。
1番Aメロ、Bメロは「新世界のα」のプロローグである。
「3月2日月曜日 賑やかな夜 ラジオに紛れ そっとビート刻む 誰も気づかない とてもかすかにそれは始まる」(Aメロ)
「幾億年の時を越え その続きへ 光にのって 不思議な出来事に 僕らはためらったね 途方もないことがおきている」(Aメロ)
「音波の洪水の中に 泳ぐ君を見つけたよ あわい影だけの姿 何かをもとめ 手を伸ばす」(Bメロ)
この内1番BメロはCメロと対になっている。一方でこの現象は壮大なものを認識させるが、この「あわい影」は誰にも気づかれない。つまりこの物語の当事者のみの問題として終始し外界からは閉ざされる。ここでの「君」の存在は、海に潜む魚群や宇宙を流浪する人工衛星のよう。
サビはこの曲の「新世界の扉を開くか」という主題を打ち出す。(2番サビは引用割愛)
「新世界のドア開け 真っ白い夢にのって いくつもの海こえて 強くなれるよ 優しくなれる 誰より皆知ってる 神話のよう」(1番サビ)
「君」に対する力強く頼もしいメッセージが響く。新世界のドアを開けること、それを起因に優しさを手に入れ人々の苦しみから解放させる。一種の夢物語のようである。そしてそれは「皆知ってる神話のよう」だと。普遍性をもつ「神話」である。
2番A,Bは物語の筋を脱線しながら如何にも新島さんらしい場面が展開される。
「デパートのすみにいる よくわからない動物 そいつがなにか 僕にもわからない 皆それが好きだから 手に入れてみた 神話みたいなものさ」(1番Aメロ)
「毎晩 眠る前には 恋とか人生について語ろう なんだかんだ楽しいぜ 夢はふくらみ 歩き出す」(2番Bメロ)
2つのシーンから構成されているが、1番とは打って変わって素朴な日常である。ここだけ「新世界のα」の中でもカラーが違う。1番では当事者のみの問題を取り扱いながら、2番では周りに迎合するような様子が窺える。「皆それが好きだから手に入れてみた/神話みたいなものさ」と分けることができるが、自分でもよく理解していないものを購入した口実として「神話」を援用している。大衆幻想としての神話をここでは指しているか。ちょっとカッコつけたこと言っているのがこの曲のアクセントとなってて聞き飽きない。
そしてCメロで物語の終末を暗示させ、「新世界のα」の雰囲気がガラッと変わる
「ある朝ふと気づく 流れるラジオの中で まどろみ続ける君が ノイズの中にかき消えた」
1番で提示された「君」がここで消える。出会いと別れが夜と朝と対になっているのが、切ない一夜の物語のような心地がする。途中インストがピアノだけになっているところが物悲しい。こういった緩急のつけ方が竹下さんらしい。
ギターソロを抜けた先に落ちサビが出現する。1番、2番サビとは真逆の光景が描かれる。
「新世界のドア閉じ 神話を置き去りに そんなにたよりない 君が1人で 終わりない旅に出るならどうかどうか 幸運を」
ここはWorld Hitchhiker! 2の帯にも付されており、アルバム全体の、そしてこの「新世界のα」のキラーフレーズである。自分もここが一番好きだ。そしてあれだけ繰り返された「神話」から離れることになる。あくまで落ちサビでの「神話」は新世界の産物であることが暗示される。あの幸せな夢物語から切り離される。現実の「ありふれた世界」に戻ってしまう。
そして「君」ともバイバイすることになる。「どうかどうか幸運を」旅に出る者に、二度と巡り合うことのない者に"Pax intrantibus, salus exeuntibus."*1と伝えること、サヨナラダケガ人生ダ。切なさは募っていく。ピアノのサウンドが全面に押し出され、codaに向けて高揚感を助長する。
こういった類の別れはやはり作詞者らしさを象徴する。人生でまたと巡り合うことのないほど、2人は似た者同士なのだろう。やさぐれていてもどこか正直でまっすぐであり、お互いの苦しみを理解し合うし舐め合うし戯れ合う。でも絶望的な障壁が2人を阻む、同じものを見ていたはずなのに、別々のものを描いてしまう。いやそれは必然でもある。似た者同士だからこそお互いのちょっとした差異が、究極的な断絶があることを認識させてしまうから。自責的で似た者同士だから、「相手の幸せのために」とかいう身勝手な幻想を言い訳に、それぞれtragicな結末を追いかけてしまうのかもしれない。2人はこれ以上ない理解者だが、結ばれることはない。
だからこそ、こうした断絶を契機として2人は2人にしか辿り着けない境地へとたどり着く。「セカイ系」とはまさにそういうことではないのか。そこには現実を見据えすぎたがために形而上の理論を、ままならぬ現実に徹底的に打ち立てた、あのストイシズム*2の要素が浮かび上がる。「はつゆきさくら」OP: Presto(作詞はKOTOKOさん)が「強がりな哲学者」と初雪や桜に対して読み込む所以がここにあると思われる。
それを踏まえラスサビでは
「6月◯日 月曜日 よく晴れた朝 2人だけが知る神話が終わる 街角に立ち尽くしながら
ありふれた世界に枯れるまで叫んだよ」
「神話」が2人だけのものに置き換わる。「ありふれた世界」=現実に引き戻されてしまう。ここのストリングスの甲高い響きがクライマックスであることを示す。そして
「さよならα さよならα さよなら」
と意味深な言葉を叫び物語はここでストップする。
問題はこのαの意味である。「さよなら」が修飾しているのだからαは「新世界」の存在である。そして一般的にαはΩと対比して「始まり」や、方程式の一般解を指す。これを当てはめれば「新世界の答え」「新世界の始まり」となろうし、それを手放すことが「新世界のα」の帰結である。なるほど、確かにアイこめの物語とも整合的である。
しかし、同時に想起させるのは恋カケの「さよならアルファコロン」である。「新世界のα」は他ゲームのモチーフすら入れているのではないか。そうすればこの曲はアイこめだけに限らなず、もっと幅の広い物語を包摂しているのではないか。たとえば、アイこめの忍√を洸太朗と星奏の物語の反転と位置付ける解釈があるが、「新世界のα」は前作と地続きの関係にあるのではないだろうか。
その可能性を予期した時、まずは「新世界のα」の影を追わなければならない。アイこめという具象を脇に置いて、純粋に歌詞や構成、筆致を見ていくことで、つまり一旦アイこめ発売前までリセットすることで、物語の土台を見据えること、それで初めてこの曲の位置付けを知れると思ったからだ。*3
その過程で、「新世界のα」に漂う新島さんらしい鬱ENDの痕跡を見出しながらも、計4回も繰り返された「神話」という特殊な層を見出すことができ、それが楽曲全体のストーリーに重要な役割を響かせていることがわかる。
そしてこの「神話」には大別すると全体にかかる「神話」(1番サビ 2番A)、二人だけの「神話」(coda)に別れる。落ちサビの「神話」は新世界の神話となるが、前者後者どちらとも取れるだろう。新世界の要素を強調するなら、前者に傾き、「君」とのさよならを強調するなら、後者に傾く。また全体にかかる「神話」にもニュアンスが多少異なり、1番サビは「皆知ってる 神話のよう」とおとぎ話のような理想論を述べるような形で、2番Aメロは「神話みたいなものさ」と皆が共有している共同幻想みたいな(本来のミソジニー的なニュアンスにおいて)「神話」をシニカルに提示する。codaの「神話」はまさしく2人だけの大切な思い出、「セカイ系」のそれである。
4箇所において、以上の「神話」の使い方がそれぞれ異なるのがやはり「新世界のα」の魅力だと思われる。目まぐるしくその意義を変貌させながら物語を展開し、「さよならα」の叫びで締めくくる。口語調で描かれるプロットを、竹下さんの琴線に触れるメロディラインと、爽快なアレンジで軽やかに表現され、聞き手に物語に対する高揚感をもたらす。改めて2017年に世に出た曲だが、その具体的な作品「アイこめ」によってvividに描かれ、あえてそこから離れることで新島さんの筆致の巧さや他作品を含めた(あくまで)「方向性」を見ることができたと勝手ながら思う。
3. おわりに
OP2: 「Answer」(Vo. ducaさん)も「新世界のα」と同じ布陣で制作されており、こちらも本当に素晴らしい。特にBメロの低音が効果的に表現され、力強くて鋭い新島さんの歌詞とマッチしていて心が躍る。同時に3年経って独立を果たして、竹下さんのメロディーの幅も格段に広がってて「新世界のα」とはまた違う様相を呈しているのが本当にいい。
また他の新島さん作詞の曲も好きだ。特に魔女こいにっきのED「永遠の魔法使い」は童貞泣かせの情け容赦ない鋭い言葉で描かれている。プレイヤーの自意識を突っつくような感じで。ファンタジー要素に彩られながらも、その内実は非常に冷徹で強い自己意識によって駆動していることが、どこか素敵なのだと。
ラフスケッチですが、何かの役に立てば幸甚です。(不要であれば消します)
ともあれ2020年は大変だった。コロナで色々と激変してしまった。でも2019年と変わらないのは、自意識が全面に出た曲がやはり好きだということか。自意識なんてそんなもの、探したり守ったりしても何の得にはならないけどね、とも感じた1年でした。

発売日(?)に買った時竹下さんにもらったサイン。3年前?なのかな。
アイこめのヒロインとそっくりな名前の人が知り合いにいるからこれ書いてるときめっちゃ恥ずかしかったのは内緒
*1:訪れる者に安らぎを、去りゆく者に安全を
*2:例えば恋カケにストイックの要素を見出す見解として
作品を生み出すという姿勢はまさにストイックそのものだろう。アイこめの文脈でいうならばロミの「他者の交流を通して魂を強化すること」がそれに当たりそうである。魂の強化という概念はストイシズムの根本であるが、その手段として他者との交流に力点を置いていること、それが今作のメインになっていることは位置付け的に重要である。
しかし、私は上述の通り、ストイシズム→セカイ系の連続性を措定した上で新世界のαにその要素を読み込んでいるが、仮にアイこめにそれを当て嵌めたとしたら思いっきり矛盾する可能性がある。他者との交流による魂の強化は、そもそも君と僕で完結し社会等を徹底的に切り離すセカイ系の見方と噛み合わない。むしろセカイの袋小路から逃れる端緒を作り出す。
では辻褄をどう合わせるか。苦し紛れの詭弁だが、セカイ系の図式によって齎されるエネルギー_これがストイシズムの力点となるが、を加速させながらも同時に、その自意識の傲慢さを認識するという根本的な矛盾を孕む。そしてこの冷めた自意識が勝利し、セカイ系の枠組みは自壊する。しかしエネルギーはそのまま保たれ、それぞれ別方向に流れていく。つまり2人は別れ結ばれることはないが、それでもずっと思い続ける仲となる。こんな形ではないか。第三者には受け入れられない「神話」=メルヘンであろう。
ストイシズムの図式を援用すれば、「新世界」とは2つの意味を持つ。劇中の世界の真理と、2人が遭遇してしまったセカイと。
*3:例えば5chのアイこめ感想スレ(ボロクソに叩かれている)で「新世界のα」の「君」って周太なのかロミなのかどっちやみたいなレスがあったが、その比定ですら辻褄合わせができないのである。
ItknkR(棗いつき+藍月なくる) Collaboration Album『Eufolie』(IKNR-01)の感想
ItknkR(棗いつき+藍月なくる) Collaboration Album『Eufolie』(IKNR-01)の感想です。
新曲は「パライソ・パライソ」「Eufolie」「愛に飢えたケダモノ」の3曲、そして「アプルフィリアの秘め事」と「As you wish, My lady」のいつきんくるカバー2曲。計5曲で構成されています。作詞作曲陣が「あ、◯◯で見たことある!」ってくらい本当に豪華で最高。
新曲群(3曲)は、今までいつきさんやなくるさんの出した歴代のアルバムとは構成が多少違っています。互いに騙し騙されほよりほよられながら堕ちてゆく「ドロッドロ共依存百合」というストーリーテーマを、いくつかのワードを共有しながら、それぞれの作詞作曲者が描く、そういった多面的な造りになっています。特に「虚飾」「傷」「檻」やそれらに準ずるワードは3曲すべてに表されています。ねじ式さん、いつきさん、かぼちゃさん、歌詞は基本的に同じ情景や世界観を指していても、ニュアンスというか、モチーフの使い方が異なっていて作詞作曲者特有のセンスが光るのもいい。全体的に主観的な要素を大きく孕むのもこのアルバムの特徴の一つ。今までのアルバム収録曲って、Nacollectionように1曲1曲違うテーマが与えられているか、もしくはJelLaboratoryやElis' dogmaのストーリー仕立てになっているか、この2択だったので、このような構成は何気に初なのでは?と。勿論ItknkR(いつきんくる)としてアルバム出すのは初なんですけれどもね。
アルバムジャケットについて、いつきさんとなくるさんの立ち絵のデザインがそのまま使われていて一目でご本人たちとわかります。眼福...!。M3開催日がいいね欄になってたりとちょっと凝ったところがあって素敵ですね。「M3で出すんだ」って気概が見て取れます。
今回もすごい盛況で、1時間くらい外まで列が伸びてて凄かったです。お二人と交流もできて、いや本当にいいイベントですね。
そんな前提はさて置きここから本題へ。
1 パライソ・パライソ
作詞作曲ねじ式さん。そういえばいつきんくるで「ピニャコラーダ」のカバーありましたね。あの時よりも表現できる音域の幅は広がっているな...と。
ミドルテンポで3分半、表題曲というわけでもなく、本アルバムの中で一番短い曲です。表題曲を最初に持ってくるのがデフォルトだと思いますが(もしくは最後に)、そうではなく表題曲を2番目に、このパライソ・パライソを1番目に持ってきていて、アルバムとしてはかなり珍しい構成となっています。
一方で曲調は至って単純で、A→サビ→A→サビ→B→サビ。Aメロが反復され強調される。他の新曲と比べツインボーカルの掛け合いがなく、かなり平坦に聞こえる。変化・展開に乏しいけれどラスサビ前のメロディーは好き。半音ずつが下っていく感じがよき。他2曲がかなり癖の強い曲だから、最初にこのような纏まってて落ち着いた曲が選ばれたのかもしれない。
「偽造した愛の言葉」「虚像を積み上げて飾ったつもりが」「厭と言えない檻の中」「火傷なら勲章と呼べるほどに」など「虚飾」「檻」「傷」といったキーワードを散りばめることで、アルバムの世界観の呈示を果たしています。趣としてはピニャコラーダに似ている。さらに他2曲と比べても特にこの曲は、感情の機微を最小限のワードで描いています。一方ワードそれ自体は主観的要素を孕み(例えばサビの歌詞、「嗜虐心」とそれに連なる「卑劣」や「破廉恥」もか)、かつ状況を断片的に捉えて描いているため、ストーリーはわかるようでわからないような構成になっています。とはいえ前述のように、互いに堕ちてゆく「ドロッドロ共依存百合」という本筋は見て取れ、攻めと受けでそれぞれのパートを分けていて、割とリアリティのある情景に落とし込めているのかな...と感じます。言葉少なめな分、アニメーションで世界観を補強している部分はあります。
特に「火傷なら勲章と呼べるほどに」ってとこや「薔薇(バラ)撒く棘は蜜の味」がいい味出していますね。彼岸花やバラのモチーフはこの曲の本アルバムにおける特殊性を表していています(次の2曲も同じストーリーを共有しつつも、それぞれ別のモチーフを加えています)
いざこう聴いてみるといつきさんとなくるさんで全然歌い方が違うのでその対比が非常に面白いです。いつきさんは結構抑揚はっきりとした表現に、なくるさんはどちらかといえば繊細にフラットな感じで、多分曲調的にしっとり目に歌い上げるのがいいと思うけど、それだけじゃ味気ないので互いに違う表現で歌い上げるのが最適解かな
過去の歌ってみた動画(ピニャコラーダ)
2 Eufolie
euphorie(多幸感)+folie(狂気) 仏語(ないし英語)の造語(なおfolieの発音記号はfɔ.liなのでeの発音は本来ない) こんなドロドロとした百合物語には相応しいですね。
作曲はかそかそさん、作詞はいつきさん、これまたミドルテンポな曲かなと思いきや、jazzyでかなりハイテンポでノンストップで駆け上がるような複雑な曲。特にサビが最高に恍惚感があっていいですね。「二人甘く香るEufolie」までのメロディーの畳み掛けは盛り上がります。Aメロの「HEAVEN or HELL」「RAISE or CALL」といったコーラスの使い方がいいですね。
一方パートメロディも工夫が凝らされていて、特に1番Bメロのなくるさんパートは変化に富んでて好きです。「約束された結末に」で音程が跳ね上がるのがいい。
A→B→サビ→A’→B’→サビ→C→落ちサビ(半音下げ?)→サビ、特にB’は完全にBとは別物で、これ歌うの大変だったろうな...と感じます。テクニックとリズム感を相当要求しますよね。でもliveで歌うと物凄く楽しそうだし決まりそう。
先述のテーマ性を踏襲しながら、ギャンブル的要素を入れ込んでいます。スート、Bet、raise or call、オールインといった駆け引きの象徴たるポーカーを素材としながら、そこにブラフ・ポーカーフェイスという「虚飾」を結び付けています。このテンポ感、目眩く展開するゲームに相性バッチリやなと感じます。駆け引きは全曲「パライソ・パライソ」にもその要素を響かせますが、Eufolieはそれをゲームと明示しており、よりはっきりしているのがええなあと。
最大の聴きどころは畳み掛けるようなCメロですかね。ゲームから引き摺り下ろされて剥き出しの欲望が両パート相まって、ドロッドロ共依存って感じが伝わります。なお3曲目はこれをさらに過激にさせているので...
落ちサビ→ラスサビにかけて、「二人檻の中 ああ 鍵を失くしていたの」はキーが下がっている分もの哀しさを感じます。そしてお互いこのゲームの勝敗すら「狡猾に飾られたフェイク」であることに気づく、この堕ちていく感じ、いいですね。
言葉遊びを所々使用した曲でもある(特にサビ)ので是非歌詞カードを確認してもろて。ギミックが盛り沢山で、ツインボーカルでしか表せないと思います。
今回のアルバムの中で一番衝撃を受けた曲です。作詞してたらいつの間にか表題曲になってたのもわかる
3 愛に飢えたケダモノ
作詞作曲かぼちゃさんの楽曲。絶対何かあると感じさせるラインナップ。なこれ2の「ジョカパレ」やなこれ3の「Lilith」に引き続きって感じです。大概えっちな曲になる。
A→B→サビ→A→B→サビ→C→ラスサビと前曲の「Eufolie」と比べ展開は複雑でない。けれども、全体的に艶っぽい印象を感じさせます。サビ自体はjazzyで落ち着いたテイストだけど、歌詞が異様にエグくて浮揚感のような、不思議な心地がします。
まあ歌詞がぶっ飛んでて、とりあえずかぼちゃさんだからそうか...というのが歌詞カード見た時の感想。1番2番Aメロは明らかな背景描写、そこから二人の身体へと焦点を合わせていく。1番Bメロは「嫉妬深いのも 知られるのも 屈辱で」と「パライソ・パライソ」「Eufolie」のストーリーを踏襲しながら進んでいき、そしてサビで「愛に飢えたケダモノ 首輪に鍵をかけ 共食いで餌付けして 飼い馴らせば」とかなり過激な方向に進めています。これサビで持ってくるか、という。ただこれ以上にアカン歌詞が散見されるの、本当にコンプラ的に大丈夫だったんですかね...。共食いって表現いいですよね。性欲の昂り→ケダモノって繋がりなんですかね。それに首輪と鍵、調教。サドっぽい世界だ(適当)。
2番の方が直截的に二人へと迫っています。1番よりも2番の方が個人的には好き。「栞挿したままの小説」を引き合いに出して「二人だけ世界」を導き出すのは、残酷な独占欲が醸し出されていていいですね。そりゃ小説が読み終わらなければ、その世界は永遠に続くわけですから。
続けて2番Bメロの「気付けばあんなにいた友人からも孤立して 独占欲が牙を剥いて」は共感しかない。今までの2曲ではあまり意識されなかった内縁/外縁がここで表現されています。外部の人間関係を徹底的に捨象することによって現れる、剥き出しの独占欲、「檻」というモチーフが先鋭的に形作られ生々しさを感じます。ドロッドロ共依存の幕開けです。
Cメロはまさしく「共依存の檻」の中で互いに「躾けしあう」というこの世の終わりみたいな状況へと繋がっていきます。それ以上は確実にコンプラに引っかかりそうな歌詞でほよ(割愛)
ここの6連符もジャズらしくていいですね。もっと積極的に3連符や6.7連符を使ってもろて()
そしてラスサビは1番に比べ「愛に飢えたケダモノ 首輪に鍵失くし 共食いで餌付けして 飼い殺した」とああもう戻れないんだなぁ...と。互いに性欲を貪り尽くせるまで貪り尽くす、欲求の彼方へ無限に突っ込んでいく感じがEufolieとは比べものにならないくらい高揚感、恍惚感を与えてくれます。
ただし過激であれクドくない表現に落とし込んでいるのはバランス取れてていいですね。abyss(某陵辱ゲーの曲)に似た歌詞やなあと思いました。(こちらも色々アウトな隠語が散見されていいですよ)
またツインボーカル曲ってことで、「天国で泣いた/監獄で泣いた」(1番サビ)、「囚人にされてた/主人にされてた」(2番サビ)「救われ/巣食われ」(同)「一人で泣いた/二人で泣いた」(ラスサビ)と歌詞を互いに変えていて奥行き・立体感ができています。特に最後、一人なのか二人なのか、孤独なのか依存なのか、含みをもたせた幕引きをしているのはいい。
歌に関して、なくるさんは高い声はもとより、低い声も綺麗に安定して音出せるようになったなあ...とAメロ聴いてて思います。いつきさんもベースがしっかりしているので、ハモらせた時の安定感と存在感が丁度いい。ただエグい世界観ながら、楽曲自体は、気品がありかつ繊細なメロディーという構成になっているので、歌声での表情の付け方で聴こえ方は随分変わると思います。そういった耽美な部分を如何に演出するかは重要かと。
ただ暴力の実現だけが人間の至高のイメージを満たすものなのである... となれば唯一獰猛な犬の貪欲さだけが、何にも制約されない人間の激情を完全に実現することなのかもしれない。
Georges Bataille 『サドの至高者』
4 アプルフィリアの秘め事 cover
5年前でしたっけ... 元々はなくるさんの曲ですがいつきさんのカバー版です。自分自身非常に好きな曲でしたのでこれには大喜びでした。一方元から「完成された」曲ではあるので中々どう歌うか難しいだろうな...と感じます。
といいつつもいつきさん色は全面に出ていて(ちょいロリっぽい?)、伸びやかでパワフルで普通にアリですね。サビの最後あたりとか明瞭に言葉が聞き取れるのは原曲にはないポイントかと。原曲と甲乙付け難いほど非常に素敵に仕上がってます。「跪きなさい」のいつきさんverが聴けるのは本当にご褒美。後言うとしたら微妙なニュアンスというか、表現の解釈をもっと推し進めればより独自性は増すのかな。
5 As you my wish, My lady cover
こちらは元々いつきさんの楽曲。作曲lilyさんなのでなくるさんにはぴったりのカバーだったのかも。ただ本当に難しい(後述)
歌声のトーンはなくるさんにしては低め(基本今回のアルバムの曲では低いですが)。何かのサイトに男の子のボイスあげていたと思うんですが、それを思い出しました。実際この曲の主人公は男の子ですし雰囲気めっちゃ合ってると思います。普通に格好いい。原曲とは違い、最後のサビで音程あげてるのはいいですね。自分はカバーverのアレンジの方が好きです。
そのまま歌うと単調めになってしまいがちですので、1番と2番とで表現を変えたり、ドラマ性を意識させたい。Bメロとか結構早口だしメロディを潰してはいけないので滑舌はよくしていかなければならない、そもそも全体的に休憩がないので歌い切るのが大変、この2点を踏まえた上でドラマ性を考えていかなければならないので、本当に難しい曲です。なくちゃにとっては苦手な感じの曲だろうなあと。
でも非常にトリッキーながら歌詞が非常にいいので、いつきさん以外にも歌って欲しかった曲でしたので個人的にこのカバーはおいしいです。
カバーされた2曲とも作詞ゆーりさんなんですね。このくらいの過激さが自分は一番しっくりしますね。しみみ集合って感じで感慨深い(謎)です。
2曲の歌詞については以下参照。
最後に
万人受けが「パライソ・パライソ」、アルバムのキラーチューンであり最もダイナミックなのが表題曲「Eufolie」、これからも怪しい輝きを放ち続けるだろうダークホース的な曲が「愛に飢えたケダモノ」、そして往年のいつきんくるファンにブッ刺さるカバー2曲と、バリエーションに富んでて(世界観が色々終わっていること以外は)バランスの取れたアルバムだったんじゃないかと思います。世界観が尖っていて人を選びそうだけど、それぞれのアーティスト(作詞・作曲者)のテーマに対する「切り取り方」が垣間見えるのがいい。
それとM3直前放送無茶苦茶面白いのでみんな見てもろて。

