音楽とかなんとか 雑記帳

主に感想とメモです。

晴れ渡る景色の真ん中で〜藍月なくるとおとぎ話の周辺〜の解説

 

 

ブログの構成について

<2020(春)までの物語 主としてEndorfin.>

第1章:一目惚れの魔法と「おとぎ話」→第2章:ἀσφόδελοςとその周辺 →第3章:クラリムステラとポストモダンの回廊→第4章:Aufschwung→第5章:Le Temps retrouvé 蒼穹に放たれた物語

<物語が終わった後>

→最終章:横滑り・簒奪→第1〜5章(繰り返し)→コーダ. 紡いだ軌跡はこの今に繋がってる? 

 

書くまでの経緯

11月頃から何一つ感想が書けなくなって、その原因探しから始まりました。リハビリをかねてEufolieを書けどもうーん、Baby Romanticaも最終曲が好きだけど何一つとして書けず。とりあえず自分の書きたいものって何だろうと思い、年末に比較的よく聞いていた曲である「新世界のα」(Luna氏)を自由に書きました。新世界のαを書いた時、自分が探りたいものに光が当てられたような実感がありました。

そこからGalaxy triangle→Evil bubbleと進むにつれ、段々と自分の感情の変化が鮮明に見えるようになりました。ああ、こういうことか、というような実感です。

問題は「それをどう表現するか」ということでした。例えばここ最近の楽曲に焦点を当てて論ずるか、いや、それでは自分の書きたいものが書けない。となるとある一時期の楽曲に焦点を当てるのではなく、2014〜2021年の楽曲を粗方捉える必要がある。そしてEndorfin.の存在感が大きいので、それをコアとして描写する。分量は増えますが、そうしなければなくるさんの楽曲がどのように変貌し、わたしもどのように変貌したから、説明できないのです。

というわけで長い長い旅路が始まりました。しかしもう一つ問題がありました。文体(スタイル)です。今まで楽曲に寄り添って書いてきました。結構説明口調だったと思います。それを踏まえて解説文のように批評(?)することもできました。それをもって論難することも一応できます。しかし、それでは伝わらないと思いました。それで論ってもただのお気持ち表明にしかならないのではと。きっと非常に冷酷な文章となり、本人やファンの不快感を煽るものになる可能性が高い。

だから、そのスタイルから外れる必要がありました。そこで援用したのが、「評論それ自体も作品である」という発想です。オスカー =ワイルドあたりからひろいました。だとすればどのような作品を目指すか。一つの物語が記事それ自体で成り立つような作品です。そうすれば、なくるさんの過去作品を追憶することができるし、わたしが何を見てきたかも伝えることができる。

それに大きな材料を提供したのが、先述の「新世界のα」の感想でした。ストーリーを追いながら自由に脱線し、溢れだした発想を記述する、これはいいのでは?と思いました。

そしてこの考えが長い長いポエムと過去作品からの大量の引用に繋がりました。脱線しながらも全てが一つの物語に完結していく、そうすれば私が見てきたものを、大学時代という最後のモラトリアムの中で見たり聞いたりしたものを、そのままの形で伝えることができるのだと。

ひいてはEndorfin.等の楽曲群を穿ち、その物語を復活させることによって、2021年の諸楽曲に対抗できるのではないか、その力を引き出せられれば、自分の抱えてきた感情が報われるのではないか。詩的で少し難解にすることで、迂遠にしながらもニュアンスは心の内に刻まれるだろうと思いました。

おおよその図案が決まったのは3月でした。それから1ヶ月ちょっと、昔の楽曲を聴いたり、歌詞カードを見直したり、知らない世界の境界線を買ったりして曲を捉える、エピグラムをどうするか、哲学や文学関係の論文を読んで勉強しながら少しずつ書き上げていきました。そして以下のような形をとろうと。

つまり、新島夕さんのエロゲのシナリオを、特に魔女こいにっきを下地にしながら、そのおとぎ話をなくるさんの諸楽曲に適用し、2014〜2020年までの楽曲をさまざまな事象を繋げ合わせながら書く。そのシナリオとEndorfin.の楽曲はかなり近い関係にあるのではないか、と思っていましたのでシナジーはある。それでⅠ.〜Ⅴ.と最終章、コーダという形式になりました。

 

第1章:一目惚れの魔法と「おとぎ話」解説

 <紹介した主な楽曲>

・Lovin’me

・Horizon Note

・桜色プリズム

・Spica

<引用>

・魔女こいにっき

・「ファウスト

 

<総括>

第1章ということで、「物語の始まり」をイメージして書き上げました。Endorfin.の登場までが範囲です。

ブログの一つの目的として、「Horizon Claire後の急激な変化」を記述することがありました。それによって楽曲に対して感じるものが全く変わる。Horizon claire以前と以後での断絶が、物語の終焉を表します。ひとまずその終点を決めた上で、始点(第1章)のモチーフを練っていきました。

 

そこで物語の大枠として使ったのが魔女こいにっきでした。タイトルと最初の部分は同ゲームのOPのテロップから取りました。「ひと目惚れより永遠を どうか日記に残せたら あなたが明日へ去らぬよう私に魔法が使えたら」(詳しいストーリーは調べてください)

そのモチーフを利用しながら、Lovin’meの「魔法をかけて」に繋げて、変わることのない永遠の物語を開始します。

 

なお、ファウストの最終部を引用したのは、その「永遠」が祝福なのか、それとも虚無かを暗示させるためです。そもそも私がこのおとぎ話を語り、追いかけること自体何の意味もない=虚無ではないか?永遠の物語に暗雲を立ち込めたようなニュアンスを出しました。このような「皮肉った表現」は先述の「断絶」=「物語の終焉」=最終章に向けられており、他の章でも所々顔を出すように散りばめられています。

 
<各論>

「あの時同じ花を見て美しいと言った二人の心と心が今はもう通わない」

→「あの素晴らしい愛をもう一度」より

 

7年にわたるstorytellerのクロニクルを辿ることができればきっと、今から話す物語の意義についてわかると思う。

→これは第5章・最終章で現れます。storytellerはここではなくるさん(ないしEndorfin.)

 

テクニックの愉悦に浸った歌った曲ほど強烈な自己愛が入り混じって聴き苦しいものはない。

→割と重要 「技術」による過剰表現の否定が、このブログのスタンスの一つです。何回か似た内容が繰り返されます。

 

桜色プリズム:君と二人きりの「終わり」

→第2章での本居宣長「玉勝間」へ

   第5章での「終点前」へ

 

第2章: ἀσφόδελοςとその周辺 2016(秋)〜2017(秋) 解説

 <紹介した主な楽曲>

・片翼のディザイア

paradise lost

・アプルフィリアの秘め事

Raindrop Caffé Latte

・春風ファンタジア

・プレゼント

・生命の灯火(少しだけ)

・Soleil de Minuit

・スケッチブック

・知らない世界の境界線

<引用・元ネタ>

本居宣長『玉勝間』

・Steve Reece "Homer’s Asphodel Meadow"

・ミルトン『失楽園

ベルクソン意識に直接与えられたものについての試論』(より一部エッセンスを抽出。ここの部分についてはバシュラールも参照)

・張耒『張耒集』

新海誠『秒速五センチメートル』

・モルスリウム

<引き合いに出した楽曲>

花たん「Brand new voice」

 

<総括>

第2章は2016〜2017となくるさんが音声作品で注目を浴び始めた時期であり、楽曲の方ではRaindrop Caffé Latteなど今でも高い人気を誇る作品が出ているので、注力して各楽曲を書きました。また、現在でも多くの楽曲を担当するFeryquitousさんがこの頃より楽曲提供をし始めています(乖離光・緋の青などは2017年)。問題はEndorfin.となくるさん個人楽曲とFeryquitousさんの楽曲はどれもこれも趣向が違うことです。それらの楽曲が同時並行で誕生しているので、章分けをどうするかで迷いました。結果的に、第2章を2016年〜2017年のEndorfin.と諸楽曲、第3章をFeryquitousさんの楽曲を提示しながら2018年冬のJelLaboratoryの世界観に繋げ、第4章で2018年のEndorfin.を中心に展開する、そんな形で仕上げようとしました。

第2章の序文は綺麗に書けたのではないかと思います。本居宣長の「兼好法師が論い」を参照しながら「切実さ」というキーワードを抽出し、切実さが切実であるからこそ、報われなかったときの寂しさが強調されるという過程を描きました。これがEndorfin.の歌詞の中核に当たる部分だと思います。

そして第1章から「永遠性」のテーマを受け継ぎ、「永遠の花」という表象を出しました。その最たる例がἀσφόδελος(アスフォデロス、ツルボラン)です。ギリシャ神話で楽園ないし死後の世界に咲く花ですが、上記のSteve Reece "Homer’s Asphodel Meadow"より、楽園に咲く花と暗澹たる冥界に咲く「灰」の花という2つのイメージに引き裂かれています。また、モルスリウムより毒花「モルス」となくるさんが演じたメリエを通して以下のようにまとめました。

 
   ↗︎楽園の花-幻想的なモルス-第2.4章

アスフォデロス

   ↘︎冥府の花-「毒花」のモルス-第3章

 

と分岐させました。楽園と楽園の最深部という第2章最後の表現もこれに依拠してます。

 

なお、この第2章は取り上げる楽曲が多すぎたので下記の2曲以外は極力省いています。本来はなくるさん作詞の「Spring for you」についても言及したいし、「知らない世界の境界線」も歌詞を丁寧に追いたかったのですが...あえなく割愛となりました。(でもいざ書けといわれても結構悩みそう) 

 

<各論>

Raindrop Caffé Latte

→モノローグのみで貫徹している点を抽出、これもHorizon Noteと共にEndorfin.の楽曲の特徴になると思います。ついでに言えば新アルバムは「モノローグオフ」でしたね。意識しているのかな。

ここで「メルヘン」の要素を洗い出しています。近代って中世の世界観からはかけ離れていて、所謂魔術的なものが魔術的なものとして隔離され、科学から追放された世界なんですよね。非科学的なものが素直に受け入れられる余地が無いのです。だから、否定的に解釈しなければ、現在ではメルヘンを享受することが出来ないのです。「一人君を待つ時間も幸せのスパイス …なんて浮かれてるかな」という態度は、まさに近代のメルヘンを良く表していると思います。

そしてRaindrop Caffe Latteでは意識の流れの中で、空間的物理的な時間とは違う「時間」が流れているのでは?と思います。明らかにRaindrop Caffe Latteではモノローグ=意識の流れに焦点が当てられ、きっと十数分しかない待ちぼうけの時間が、意識の中ではその時間以上に感じられていると受け取れます。そこら辺の具体的な事情について*1バシュラールより「瞬間」論との対比で読むことで分かりやすくなってます(実は自分もよくわかってない)。この瞬間の話は、春風ファンタジアの歌詞にも同じことがいえるのではないかと勘ぐっています。

 

 春風ファンタジア

→張耒から「然れども均しく知るべからざるに于いては、則ち亦た安くんぞ此の花の忽然として吾が目前に在らざるを知らんや」という文面をエピグラフに持っていきました。「知らないという点においては、どうしてこの花が突然私の目の前に現れないということを知れようか、いやわからない」という意味ですが、これはコーダに繋がります。

近代とは豊富と混乱の時代とは吉田健一『英国の近代文学』あたりから取りました。本来であればここの部分はもっと厳格に捉えればならないのですが、さすがに脱線しすぎるのもアレなので割愛(実際は自分の勉強不足なんですが...)。ただし、吉田健一も言っていますが、近代を上記のように解せば、ヘレニズム時代のような2000年以上離れた時代であっても近代と看做せるので、その意味では、結構重要な指摘であると思います。

桜の部分は書いてある通りですが、桜の表象は他の章でも繰り返し登場します。第2章では最後に「Brand new voice」という「すきま桜とうその都会」というエロゲのOPから歌詞を引用していますが、「追憶」というこのブログの一つのテーマを取り出しています。あくまで過去の楽曲を辿っていくのがテーマですので。なおbrand new voiceの歌詞の内容がこのブログとリンクしている部分が多いので、どこから引用するか悩みました。以下載っけます。

「桜色の都会は今 そっと語り始めるよ 幻と真実のすきまにある物語を」「桜色の都会を今 旅立つ時が来ました 夢よりも儚くて想い出より懐かしくて」

前者の中でも「幻と真実のすきまにある物語」というのがいいですよね。これもコーダと関連する要素です。後者の歌詞も「旅立つ時が来ました」が好きです。


第3章: クラリムステラとポストモダンの回廊 2018 解説

 <紹介した主な楽曲>

・乖離光(2017年)

・identism(アルバムの紹介のみ)

エーテル

・Cadeau de Dieu

<引用・元ネタ>

江ノ島水族館 クラゲファンタジーホール

バタイユ『エロティシズム』 

ランボー「永遠」

エクリチュールに関してはR.バルトらの議論を参照(まだ勉強中)

 
<総括>

第3章はFeriquitous氏の楽曲を起点としてJelLaboratoryへと広げました。第2.4章がEndorfin.中心であるならば、第3章はクラリムステラ中心に、という感じで分けています。また、第3章では「愛と幽世の終着点」というJelLaboratoryの最後の曲を踏まえて、「楽園の最深部」=荒涼とした死後の世界を意識して、第2章と対になるように描きました。

ここでのキーとなる議論は「死」です。同時に文明の死も絡んできます。jelLaboratoryが奏でる不気味に付き纏う「死」の観念、それをバタイユの議論をなぞることで第3章全体の構成を立てています。生殖と死という連関をバタイユは『エロティシズム』で考察していますが、まさにJelLaboratoryのイメージにぴったりです。なお、『エロティシズム』の序論で引用されているのが上記のランボー「永遠」です。

また、Fertquitous氏独特の歌詞をJelLaboratoryの時系列よりも前に挿入して、一義的に解釈できない、抽象的で明らかにわれわれのコミュニケーション言語から外れた「文章」の存在とその効果を提示し、BascorやEvil Bubbleなど後のFeryquitous×藍月なくる楽曲の手がかりを描きました。

要するに文章をわたしたちの使ってるそれとは違う形で示すことで、この文明社会の根底を流れるコミュニケーション=意思疎通の前提を相対化させているというわけです。だからよくわからない。それはもっと過激に言えば意識的に文明を破壊している、文明の死ということになりそうです。その破壊を先導するのは、特に何の政治的イメージを表象することのなかった「クラゲ」であり、クラゲの持つ優美さと刺胞毒という二面性がJelLaboratoryの世界観を屹立させていると捉えました。

「文明の相対化」↘︎  (近代的な意味付けない)

         「クラゲ」

「死の観念」  ↗︎   (刺胞毒)

というイメージです。

 
<各論>

Cadeau de Dieuはまさに連続性を恢復する物語であり、その連続性=死の中に個体は消えていく。生殖を通じて悠久の時を刻み、生命は皆海へと帰っていく。

→生きる私たちは「不連続」である。私以外私じゃないのだからそりゃそうですよね。でも私と誰かの間で連続性を回復する時があり、それが生殖である。そんなことをバタイユは考察していますが、それをネタにCadeau de Dieuを再構成しました。

 

連続性へと投げられた、破壊的で蠱惑なエネルギーは何処へと向かうのだろう。

→エネルギーはどの章でも書いてますが、所謂「過剰になったエネルギー」です。これを消費する行動をバタイユは『有用性の限界』で蕩尽と呼んでいます。目的的な労働(有用性の原理)とは明らかに対立する行動です。まあ「無駄遣い」と思ってくれれば大丈夫です。JelLaboratoryはまさに死という根源的なテーマをちらつかせており、その後もTranspainでも似たようなテーマをちらつかせているわけであり、このエネルギーがどこへ向かうのか、どのように消費されるのか、その終着点を見定めることは重要だと思います。最終章の序文はその答えを提示しています。

 

第4章: Aufschwung 2018〜2019 解説

<紹介した主な楽曲>

・泡沫の灯(Alt.Stratoより)

・Cotton Candy Wonderland

・懐色坂

・純情ティータイム

・薄明が告げる明日に(LOST IDEA)

・これくらいで

<引用・元ネタ>

福田恆存『人間、この劇的なるもの』

ウィトゲンシュタイン「草稿」

<引き合いに出した楽曲>

・Cotton Candy Wonderland

 

<総括>

Alt.Strato~「これくらいで」までの期間を辿ります。Aufschwungは「飛翔」の意。時系列的には第3章と同じです。なお、今までのブログでほとんどの楽曲につき感想を書いていたので、脚注の引用ブログで処理している箇所も多くなっております。Alt.StratoやLOST IDEAはそのような書き方になっていますが、今回のブログと関わりが大きい楽曲については触れています。特に「薄明が告げる明日に」はなくるさん作詞曲であり、今まであまり詳しく書いたことがなかったため紙面を割いています。

ですので、文量を抑えるためにも上記の楽曲については詳しく触れない代わりに、純情ティータイムとこれくらいでを充実させました。前者はRaindrop Caffe Latteとの関連性から、後者は堀江晶太氏の歌詞とEndorfin.の歌詞との対比から読み解きます。

そしてクロージングは、言葉という永遠性とCotton Candy Wonderlandです。考えてみたら言葉の誕生が歴史の始まりであるのであって。その言語の法則がわかれば数千年前であってもある程度は理解することができる。そんな感じで触れていただければ大丈夫です。「永遠」への糸口をここで触れることが重要です。それがより展開されるのがコーダ部分です。Cotton Candy Wonderlandは「甘い時間」というワードとちょっと意味深な終わり方から、この第4章が究極的には夢であり、いつか終わってしまうことを(永遠性とは反する?)暗示します。段々と物語が崩れていく不穏な空気が存在感を増しています。

 

<各論>

理想だけを追い求めてもそれは空中に浮かぶ楼閣のように不自然で白々しいものになってしまう。理想家であるためにはまず現実家でなければならない。ままならない現実と格闘しなければ理想は打ち立てられない。

福田恒存『人間、この劇的なるもの』より。この後に続く「ストイシズム」に関する指摘もここから取り出しています。

 

ある時は可愛らしく頼もしい女の子として、ある時は残酷な現実に振り回される、迷える子羊のような連中たちの語り部として、またある時は...。

→「迷える子羊」は最終章にて「メリーゴーランドをぶっ壊せ」を踏まえた表現です。

 

やはりなくるさんを引き立てるのは楽曲の観念(歌詞やセリフ)なのだろう。

→Endorfin.の強みって作曲もそうなのですが、それに乗っかる歌詞が非常に冴えていて観念をしっかりと捉えているのですよね。そういった土台があるからこそ、なくるさんの歌声がさらに極まったものとして聞こえるのでしょう。

 

明朗にシャープにこの世の問題について一つの解答を示す堀江氏は、その歌詞の文体が面と向かった相手に対する「語りかけ」であるのに対し、何も行動することができない無情な状況を描こうとするEndorfin.は、その歌詞の文体が相手がいるのにもかかわらず「モノローグ調」であるところに大きな違いがある。

→モノローグがEndorfin.の特徴だといっていたら、Monologue offというアルバムを先日出していたので、この文面もあながち間違いではなかったのでは?と思っています。

 

第5章: Le Temps retrouvé 蒼穹に放たれた物語 2019~2020(春) 解説

 

<紹介した主な楽曲>

・終点前(stories of Eveより)

・君よ

・ミントブルー・ガール

・彗星のパラソル

・Horizon Claire

<引用・元ネタ>

・「恋×シンアイ彼女

尹東柱「隕石の墜ちたところ」

プルースト失われた時を求めて』見出された時

<引き合いに出した楽曲>

Duca「記憶×ハジマリ」

・Endorfin.「残光」

・藍月なくる「Piece of Mind」

 

<総括>

おとぎ話の最期を描いた章です。第2章と同じくらいの分量であり、きっと読み解くのがかなり大変だったと思います。すべての物語が合流する最終場面ですので、様々な表象を織り込んで第1章〜第4章の総括するように意識しました。取り上げる曲は5曲と少ないですが、(そのうち「君よ」は引用で済ませているので実質4曲)その分以前書いたものよりもボリュームを増しています。特に「終点前」と「Horizon Claire」。

エピグラフには「恋×シンアイ彼女」より星奏のセリフを採用しました。「私が戻ってきたのはね。もう一度、星の音を聞くためだよ」。ここで「戻る」と「星の音」が新たなテーマとして提示されます。前者はHorizon ClaireでHorizon Noteと同じ舞台に戻ったことを強調するために引用しました。「痛くて甘い想い取り戻そう」や「あの日の星の音を 一緒にみつけよう」とDuca「記憶×ハジマリ」を引用したのもその流れです。始まりに戻る...物語の終焉へと段々と近づいてきました。

問題は後者の「星の音」です。これは「恋×シンアイ彼女」を読めばわかるのですが、星奏の作曲の原動力を象徴しています。同時に「星の音」は過去の思い出である。

勘のいい方はわかったのではないのでしょうか、「星の音」は非常に不穏で辛い結末を暗示させるものとなっています。つまり、最終章で語られる藍月なくるを巡る諸問題へと手をかけていく予兆として「星の音」という表象を借りました。具体的に「星の音」がどんな皮肉を込めているかは読み手の判断に委ねます。大人たちの都合に振り回されて才能を搾取され、「星の音」に縋って主人公を利用した星奏の姿が、歌い方を全く変えて評価もガラッと一新され、過去の夾雑物の混じった可愛らしい声を失ってしまったなくるさんと重なったり、いつまでも過去の楽曲に縋る私のような存在とも重なったりと、Endorfin.の物語のstorytellerの倫理観を露わにしたり、いろいろ解釈できると思います。Horizon Claireの歌詞からも、この「星の音」は聞こえるのではないか、各論の方に回しますが第5章全体を貫くテーマとなっています。

終点前→Horizon ClaireというEndorfin.の楽曲を中核としながら、そこにアクセントとしてLa priereの「君よ」を挿入して最終章への橋渡しを果たします。「君よ」で明らかになった歌い方の転換が不気味に響きながら、「星の音」を取り戻すためHorizon Claireという物語の終焉へと運んでいく。

そして夢のような物語から目を覚めてしまう。楽しい夢が終わるのは悲しい。Piece of Mindを引用したのはその流れです。Endorfin.と題された本を読み切ってしまった。でも、そのページの続きを書くことができるのではないか。endorfin.がstorytellerであったように、私も同じ立場になればいいのではないか。今まではなくるさんたちが語ってきたお話を、感想という形でブログにしたためていましたが、そこから脱皮して自分自身もstorytellerとして書いてみようかと。第1章で述べていた7年間のstorytellerのクロニクルの結末が、ここにあります。このブログ自体、非常に個人的なものとなったのは予定調和というか、むしろ「自分が見たものを描く」というテーマからして必然ではなかったのかなと思います。それを具体的にすれば、上記のように語り手の移り変わりになるわけで。

想いを書き留めた紙飛行機を当てもなく空に投げる。それを誰かが拾ってくれれば想いは託されるのではないか。さすれば、Endorfin.の物語を永遠にとどめることが可能ではないか。そのようなイメージを思い浮かべながら(これはリフレクションの歌詞からニュアンスを取ったのですが)、ブログを書き綴っていました。

最後にプルーストから『失われた時を求めて』を引用していますが、タイトル回収はコーダの方で解説します。

<各論>

「終点前」について

ストイシズムを駆動させるエネルギー源とは、この梃子だったのではないか。

→これも福田恒存『人間、この劇的なるもの』より引用

 

全てのものはいつか終わりがくるから美しいなんて観測者の戯言

→End of fin というEndorfin.の由来が仄めかされていて第1章の「桜色プリズム」の延長線上にあります。そこに第2章で辿った本居宣長の「切実さ」の話を繋げることでより重厚感のありう表現に仕上げることができたと思っています。その意味で、観測者という存在がいかにEndorfin.の物語の主人公にとって相対立するものかが理解できると思います。

また最終章に入ってからですが、観測者という「終点前」のメタ的な表現と、非難の対象とした「Galactic love」のメタ的表現を対比させて、Endorfin.の言葉に対する意識の強さを表現したつもりです。

 

彗星のパラソルについて

→Horizon Claireの感想ブログを脚注で載っけていますが、それを踏襲した形になっています。尹東柱「隕石の堕ちたところ」の引用も、彗星のパラソルが提示する「わたしたちはどこへ行くのか」という茫漠とした不安を託すために使いました。途中の「rosebud」は映画「市民ケーン」より。調べればわかります。

 

Horizon Claireについて

「呪い」とはすなわち「祝福」である...以下

→呪われた生/祝福された生というすばひびのEDがありますが、もう一つ、古田徹也『はじめてのウィトゲンシュタイン』の「彼は哲学に祝福され、かつ呪われていた。」から引用しました。

過去は太陽、月は未来

ポール・オースター『ムーン・パレス』より。また、佐藤聡美「Le jour」の歌詞からも。非常に好きなフレーズなので使いました。

 過去とは太陽である。それ自体直視できないほどのエネルギーを見返りなく授ける。恒星もまた同じく全てを焼き尽くし光を放つ。 それは過剰なのだ

→第3章の「過剰になったエネルギー」と同一です。過去=太陽=過剰供給されるエネルギーという風に繋げ合わせました。ただし注意しなければならないのは、過去は太陽とはいえ、過去それ自体は有限であることです。無限にエネルギーを与え続ける太陽とは性質がどうしても異なるのです。経験された過去に限られているのにも関わらず、それが太陽のように眩しく輝いてように思ってしまった。きっとこの錯覚が、星奏やEndorfin.の物語の主人公が持たざるをえない、近代人としての要素だろうと思います。

 

万感の思いがHorizon Claireに輻輳する。見出された時がそこにある。

→コーダ参照

 

最終章.  横滑り・簒奪 2020.4月~2021 解説

<引用・元ネタ>

バタイユ花言葉

バタイユ「死と供犠」

バタイユ「サドの至高者」

福田恆存日本新劇史概観」

・『魔女こいにっき Dragon×Caravan』

<引き合いに出した楽曲>

・竹田直子(結衣菜) 「メリーゴーランドをぶっ壊せ」

<総括>

総括すると大分まずいので引用の意図だけ。「花言葉」は初期のバタイユの論考ですが、まあイメージとして綺麗なものとして語られる「花」が、花びらを取り除けば悍ましい器官だけが残っていることを指摘することで、彼特有の反イデア論を展開するものです。もっともっと醜い方向へ、穢らわしいものに込められたエネルギーみたいなものを取り扱っているのだと考えればいいです。要するに花も花で最終的には目も当てられないものになりますよ、と。これも皮肉です。

そして「死と供犠」では横滑りという単語を取り出しました。上記の蕩尽に費やされるエネルギーが、有用性=労働の世界に従属してしまう、去勢されてしまうということを指しています。エネルギーがシステム側に取り込まれるイメージです。この図式をなくるさんの歌声に当てはめました。つまり、互いに矛盾するような夾雑物をもつなくるさんの初期のエネルギー溢れる歌声が、2020年には歌唱技術やら「透明感」やら現代的な流行の形式に落とし込まれた、ということになります。第1章から繰り返されていた「弁証法」とは、このバタイユ独特の唯物論弁証法(ヘーゲルとは異なるもっとラディカルな弁証法)へと繋げるためにあります。

また、「メリーゴーランドをぶっ壊せ」も様々な意味を込めさせています。一つは「メリーメリーゴーランド」への当て付けになるでしょう。はつゆきさくらのストーリーとこの曲の歌詞を読み込むことで、きっとこのメリーゴーランドの意義がわかるのではないでしょうか。

そして「魔女こいにっき」を最後に持っていくことで、「永遠のおとぎ話」というテーマを再確認しました。「何が失われたのか」それを見つけるために、第1章まで巻き戻るという構成を採用しました。

<各論>

「桜が咲いて散ったその後」

→UNIZON SQUARE GARDEN 「桜のあと (all quartets lead to the?)」より

 

言葉に表されると、暴力はその暴力性を去勢される。バタイユがサドに見出したものである。

バタイユ「サドの至高者」より。言葉はどちらかといえば理性的なツールですので、暴力とは真反対かなというニュアンスが伝われば大丈夫です。

 

配信内のなくちゃと歌い手藍月なくる

→この図式に対する批判が最終章のポイントです。例えばここ最近のLa priereは商業主義的な楽曲に移行しているし、先ほどの歌い方の変遷も、大衆迎合的なものになっている。「透明感」というふざけたマジックワードで評価されるような歌い方に、そもそも一点の価値もない。所詮透明感を構成する諸要素は、すぐにそれ自体が変化することでバランスを崩し、濁らせてしまう。「透明感」のある女優で数年経っても生き残った人がどれほどいるだろうか。それくらいの価値しかないのです。だとしたらまだ雑でも個性的な方が生き残る可能性があります。まあ歌い方の変化は年齢・体力等の兼ね合いもありますし喉に負担のない声の出し方を追求しなければ歌手として長く続きません。その試行錯誤それ自体は否定してはいけません。しかし、それによって何を得て何を失うのか、それに無頓着であることが一番愚かです。それを地で犯し続けているのが、要するにわれわれファンなわけです。何がなくるさんの魅力なのか、どの言葉で捉えるのが正確か、それを考えもせずに乱暴に「透明感」だの「かわいい」だの「なくちゃ」だの幼稚な言葉を振り回すのはいかがなものかと。もちろん新規参入したファンも大勢いると思いますが、彼らにとっての推しからも「過去のなくるさんの楽曲を聴いてみて」と繰り返しアナウンスがあったはずです。そういった既存の活動に対する配慮・リスペクトがあるわけです。それでもなお、配慮を無下にして、あまつさえ「この人の魅力は何なのか」という普遍的な問いに対して何一つとして考えない自称ファンがいるとすれば、きっと投資商品か自分にとってのアクセサリー程度にしか考えていないでしょう。まあアクセサリーかもしれませんが、それは首にかけたり耳にぶら下げられるほど軽いものではないと思います。近代人が背負う「十字架」の存在を痛いほど突きつける楽曲を、今まで歌ってきたわけですから。

 

Coda 紡いだ軌跡はこの今に繋がってる?  解説

 

<紹介した主な楽曲>

 ・For Ulysses

<引用・元ネタ>

・吉田裕  「空間の輻輳に関する試論 Ⅲ」

池内紀カフカの書き方』

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考

・「恋×シンアイ彼女

<総括>

コーダのテーマは「物語はどのようにして生成されるか」ということです。作劇法の話です。このヒントを探るためにプルーストの『失われた時を求めて』を参照したり、カフカの『審判』を参照したりしました。前者は空間の生成の問題です。第1編「スワン家のほうへ」紅茶に浸したマドレーヌの食感:ティーカップ→記憶の想起と、第7編「見出された時」不揃いな石の躓き→記憶の想起までは膨大な時間と3000ページ以上を費やすこととなりました。始点と終点が類似している上に、時間の流れが物理的空間的なそれとはかなり異なります。さらにティーカップという小さい空間から、このような壮大なストーリーが誕生したことも注目に値します。一方後者は始点と終点が本当に酷似していて、さらにカフカはその2点から書き始めたことがわかっています。すなわち同じ場所、同じような配役でセットすることで、その間隙から物語が生まれると言えないのではないか。

意識を通して、物理的世界とは異なる時間や空間のカタチが存在すること、その間隙から物語が誕生すること、その現象を生かした作劇法が、「始点と終点の酷似」であることを捉えました。これがEndorfin.の場合、Horizon NoteからHorizon Claireという、明らかに対になるタイトルと同一の舞台を設定しており、その間にRaindrop Caffe LatteやAlt.Stratoなどの春夏秋冬のアルバムが挟み込まれた形になっています。Horizon Noteの舞台から、季節を乗り越え様々なストーリーを旅することによって、また同じ舞台に帰ってくるという図式になります。これはMonologue off でも同じことが言えます。

物語の生成方法を発見することによって、死んでしまった物語をもう一度復活させる、それがコーダの目的の1つです。

そしてコーダのタイトル「紡いだ軌跡はこの今に繋がってる?」はHorizon Noteから引用しましたが、For Ulyssesを通して、まだなくるさんの歌声には往年の魅力が残されていて、まさにこの今に繋がっているのではないかということを確認します。そして、第2章の張耒の言葉と恋カケのエンディングを通して、もう一度Endorfin.の物語が奏でられることを願うという形で〆ました。

<各論>

おとぎ話は永遠の相の下に姿を現わす。形を変えながらも、かけがえのない思いはなくならない。永遠に。

→永遠の相は、スピノザの『エチカ』から取ってきたものですが、ここでは全論理空間とでも考えれば大丈夫です。ウィトゲンシュタインの「草稿」にもこの言葉が記されています。そして『論理哲学論考』で永遠の在り処を突き詰める、ここの結論は、個々人で調べて「永遠」を見出してください。

晴れ渡る景色の真ん中で〜藍月なくるとおとぎ話の周辺〜

2014~2021年までの楽曲群を辿り、それらを換骨奪胎していく試み。結果的に一つの「物語」を描き出せたらいいな

勿論この「物語」はフィクションです。

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  • Ⅰ.一目惚れの魔法と「おとぎ話」2014〜16
  • Ⅱ. ἀσφόδελοςとその周辺 2016(秋)〜2017(秋)
  • Ⅲ. クラリムステラとポストモダンの回廊 2018
  • Ⅳ. Aufschwung 2018〜2019
  • Ⅴ. Le Temps retrouvé 蒼穹に放たれた物語 2019~2020(春)
  • 最終章.  横滑り・簒奪 2020.4月~2021

 

Ⅰ.一目惚れの魔法と「おとぎ話」2014〜16
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君が1人で終わりない旅に出るならどうかどうか幸運を 新世界のα 雑感

*本当に取り留めのない雑感です。

 

1. Prologue

新世界のα」 それを初めて聴いたのは2017年冬のこと。その時発売されたcomposer:竹下智博さんの「World Hitchhiker! 2」に1曲目書き下ろし曲として収録されていて、クレジットにVo. Lunaさん、lyricsにシナリオライター新島夕さんと中々豪華な顔ぶれが踊っていた、当時としてはそんな記憶しかないと思う。

 

竹下さんの楽曲はましろサマーOP. Pray's Color(Vo.はKOTOKOさん)で知り、その後も初恋1/1 ED. 「消せない気持ち」や、ゆめいろアルテット!ED. 「あるがままの小鳥より」、星織ユメミライの同タイトルOP(こちらはどんまるさんとの共作)といったエロゲを中心とした楽曲、アニメではCharlotteといったVisual Arts関係の楽曲を手がけていて、自分はそういう類の曲が好きだった。だから「World Hitchhiker! 2」で繰り返し聴いていたのは、エロゲOPEDの提供曲であり、新規書き下ろしの「新世界のα」はあまり聴いていなかった。しかも尻切れ蜻蛉な終わり方をするので、聴き終わったときのカタルシスが感じられないのも、当時の私にとって不満だった。

 

そんなこんなでこの楽曲ごと記憶の隅に追いやられて2020年となった。そこからの3,4年間というものの、ミリマスやデレステの楽曲にハマり、みっくを応援し始め、ふとした縁でEndorfin.を追いかけて、本当にこのアルバムの存在自体忘れてしまっていたと思う。(サインももらったはずなのにね)

 

そんな2020年のある日、「新世界のα」は「アインシュタインより愛を込めて」のOP1として再度世に姿を現した。シナリオは新島さん。3年前の曲とこうした機縁でまた出会い、懐かしさとともに、「すでに3年以上前から計画されていたのか」という驚きを含め、壮大な伏線回収のようなものを感じ心が躍った。「シナリオから曲を着想するのではなく、曲からシナリオを着想させる」と評されていたが、まさにその通りで曲→ストーリーという展開は珍しいと思った。「3月2日月曜日」つまり2020年にその日を迎え、当時はよくわからなかった抽象的な歌詞も、愛内周太と有村ロミの物語として肉付けされて、その全貌が明らかになる。

さすがに3.4年も前の曲であり、シナリオ制作と並行して作られたと思われるからストーリーとの齟齬はあるかもしれない。しかし「新世界のα」をEDでも持ってきており、この曲の主題が繰り返し重要な意味を持っていることを示唆させる。その意味で制作者たちの「新世界のα」に対する力の入れ方は凄まじいと思う。

 

かつシナリオを辿りながら、改めて歌詞を見つめると、新島さんの筆致の鋭さがこれでもかと伝わってくる。「新世界のα」の魅力はエモーショルで疾走感ある竹下節と、この新島さんの言葉紡ぎの巧さにあると思う。シナリオライターだからってこともあるけど、口語的で一つ一つの言葉に無駄が無く、メロディーと合わせた時にそのフレーズが軽快に、そしてダイレクトに心に届く。爽快感とともに場面がめくるめく展開し、アイこめの物語に導く。

彼のシナリオを取っても、その世界観や構成自体に賛否両論はあれど(恋カケはそれで炎上したけど)、ワンシーンワンシーンの描き方は本当に丁寧で、ダイレクトに心情の機微がプレイヤーに伝わるのは否定できないと思う。「人間臭さ」といえば野暮だけど、真っ直ぐにそれを描こうとするその態度は、この「新世界のα」を契機に展開するアイこめは勿論、恋カケや魔女こいにっき、8年前のはつゆきさくらにも貫かれているものかと。

われわれは答えの出ない問題に愚直に探し続けなければならない。ゴーギャンのいうように「われわれはどこから来て、どこに行くのか」、たとい問いが消滅したとしても、新たに問いを打ち立て問い続けなければならない。きっとそういうふうにしか生きられない。そんな気がする。

 

2. Lyrics・影

私がここでうだうだ書くのは、お世話になった方の言葉を使うなら、「新世界のα」の物語の実像ではなくである。「アイこめ」のストーリーやセリフをなるべく触れずに見ていきたいと思う。ただの要素の指摘、素材の発見を目的とするため、たどり着くところはまったくの前提・序論でしかないことは留意していただきたい。

 

構成はA→B→サビ→A→B→C→落ちサビ→coda。こんな中途半端な構成をしている曲も中々ないと思う。落ちサビからのcodaへの突然の移行は衝撃的で聴きどころ。

 

歌詞の物語のアウトラインを追うと、新世界の扉を開くか、閉じて新世界からさよならするか、後者を選択し名残惜しげに別れる、というふうに理解できる。1番Aメロの「3月2日月曜日 賑やかな夜」coda「6月◯日 月曜日 よく晴れた朝」と絵日記のように時系列を示し両端を合わせる。その中、で2番AメロBメロで本筋とは一見関係ない話が挿入される。そしてキーワードとして「神話」が登場する。これは1番サビ、2番Aメロ、落ちサビ、codaと要所要所計4回繰り返される。

 

以上のように複雑な要素を織り交ぜながら、新世界とさよならする、という筋書きが新世界のαである。

 

1番Aメロ、Bメロは「新世界のα」のプロローグである。

3月2日月曜日 賑やかな夜 ラジオに紛れ そっとビート刻む 誰も気づかない とてもかすかにそれは始まる」(Aメロ)

幾億年の時を越え その続きへ 光にのって 不思議な出来事に 僕らはためらったね 途方もないことがおきている」(Aメロ)

音波の洪水の中に 泳ぐ君を見つけたよ あわい影だけの姿 何かをもとめ 手を伸ばす」(Bメロ)

この内1番BメロはCメロと対になっている。一方でこの現象は壮大なものを認識させるが、この「あわい影」は誰にも気づかれない。つまりこの物語の当事者のみの問題として終始し外界からは閉ざされる。ここでの「君」の存在は、海に潜む魚群や宇宙を流浪する人工衛星のよう。

 

サビはこの曲の「新世界の扉を開くか」という主題を打ち出す。(2番サビは引用割愛)

新世界のドア開け 真っ白い夢にのって いくつもの海こえて 強くなれるよ 優しくなれる 誰より皆知ってる 神話のよう」(1番サビ)

「君」に対する力強く頼もしいメッセージが響く。新世界のドアを開けること、それを起因に優しさを手に入れ人々の苦しみから解放させる。一種の夢物語のようである。そしてそれは「皆知ってる神話のよう」だと。普遍性をもつ「神話」である。

 

2番A,Bは物語の筋を脱線しながら如何にも新島さんらしい場面が展開される。

デパートのすみにいる よくわからない動物 そいつがなにか 僕にもわからない 皆それが好きだから 手に入れてみた 神話みたいなものさ」(1番Aメロ)
毎晩 眠る前には 恋とか人生について語ろう なんだかんだ楽しいぜ 夢はふくらみ 歩き出す」(2番Bメロ)
2つのシーンから構成されているが、1番とは打って変わって素朴な日常である。ここだけ「新世界のα」の中でもカラーが違う。1番では当事者のみの問題を取り扱いながら、2番では周りに迎合するような様子が窺える。「皆それが好きだから手に入れてみた/神話みたいなものさ」と分けることができるが、自分でもよく理解していないものを購入した口実として「神話」を援用している。大衆幻想としての神話をここでは指しているか。ちょっとカッコつけたこと言っているのがこの曲のアクセントとなってて聞き飽きない。

 

そしてCメロで物語の終末を暗示させ、「新世界のα」の雰囲気がガラッと変わる

ある朝ふと気づく 流れるラジオの中で まどろみ続ける君が ノイズの中にかき消えた

1番で提示された「君」がここで消える。出会いと別れが夜と朝と対になっているのが、切ない一夜の物語のような心地がする。途中インストがピアノだけになっているところが物悲しい。こういった緩急のつけ方が竹下さんらしい。

 

ギターソロを抜けた先に落ちサビが出現する。1番、2番サビとは真逆の光景が描かれる。

「新世界のドア閉じ 神話を置き去りに そんなにたよりない 君が1人で 終わりない旅に出るならどうかどうか 幸運を

ここはWorld Hitchhiker! 2の帯にも付されており、アルバム全体の、そしてこの「新世界のα」のキラーフレーズである。自分もここが一番好きだ。そしてあれだけ繰り返された「神話」から離れることになる。あくまで落ちサビでの「神話」は新世界の産物であることが暗示される。あの幸せな夢物語から切り離される。現実の「ありふれた世界」に戻ってしまう。

そして「君」ともバイバイすることになる。「どうかどうか幸運を」旅に出る者に、二度と巡り合うことのない者に"Pax intrantibus, salus exeuntibus."*1と伝えること、サヨナラダケガ人生ダ。切なさは募っていく。ピアノのサウンドが全面に押し出され、codaに向けて高揚感を助長する。

 

こういった類の別れはやはり作詞者らしさを象徴する。人生でまたと巡り合うことのないほど、2人は似た者同士なのだろう。やさぐれていてもどこか正直でまっすぐであり、お互いの苦しみを理解し合うし舐め合うし戯れ合う。でも絶望的な障壁が2人を阻む、同じものを見ていたはずなのに、別々のものを描いてしまう。いやそれは必然でもある。似た者同士だからこそお互いのちょっとした差異が、究極的な断絶があることを認識させてしまうから。自責的で似た者同士だから、「相手の幸せのために」とかいう身勝手な幻想を言い訳に、それぞれtragicな結末を追いかけてしまうのかもしれない。2人はこれ以上ない理解者だが、結ばれることはない。

だからこそ、こうした断絶を契機として2人は2人にしか辿り着けない境地へとたどり着く。「セカイ系」とはまさにそういうことではないのか。そこには現実を見据えすぎたがために形而上の理論を、ままならぬ現実に徹底的に打ち立てた、あのストイシズム*2の要素が浮かび上がる。「はつゆきさくら」OP: Presto(作詞はKOTOKOさん)が「強がりな哲学者」と初雪や桜に対して読み込む所以がここにあると思われる。

 

それを踏まえラスサビでは
6月◯日 月曜日 よく晴れた朝 2人だけが知る神話が終わる 街角に立ち尽くしながら
ありふれた世界に枯れるまで叫んだよ

「神話」が2人だけのものに置き換わる。「ありふれた世界」=現実に引き戻されてしまう。ここのストリングスの甲高い響きがクライマックスであることを示す。そして

さよならα さよならα さよなら

と意味深な言葉を叫び物語はここでストップする。 

 

問題はこのαの意味である。「さよなら」が修飾しているのだからαは「新世界」の存在である。そして一般的にαはΩと対比して「始まり」や、方程式の一般解を指す。これを当てはめれば「新世界の答え」「新世界の始まり」となろうし、それを手放すことが「新世界のα」の帰結である。なるほど、確かにアイこめの物語とも整合的である。

 

しかし、同時に想起させるのは恋カケの「さよならアルファコロン」である。「新世界のα」は他ゲームのモチーフすら入れているのではないか。そうすればこの曲はアイこめだけに限らなず、もっと幅の広い物語を包摂しているのではないか。たとえば、アイこめの忍√を洸太朗と星奏の物語の反転と位置付ける解釈があるが、「新世界のα」は前作と地続きの関係にあるのではないだろうか。

 

その可能性を予期した時、まずは「新世界のα」のを追わなければならない。アイこめという具象を脇に置いて、純粋に歌詞や構成、筆致を見ていくことで、つまり一旦アイこめ発売前までリセットすることで、物語の土台を見据えること、それで初めてこの曲の位置付けを知れると思ったからだ。*3

 

その過程で、「新世界のα」に漂う新島さんらしい鬱ENDの痕跡を見出しながらも、計4回も繰り返された「神話」という特殊な層を見出すことができ、それが楽曲全体のストーリーに重要な役割を響かせていることがわかる。

そしてこの「神話」には大別すると全体にかかる「神話」(1番サビ 2番A)、二人だけの「神話」(coda)に別れる。落ちサビの「神話」は新世界の神話となるが、前者後者どちらとも取れるだろう。新世界の要素を強調するなら、前者に傾き、「君」とのさよならを強調するなら、後者に傾く。また全体にかかる「神話」にもニュアンスが多少異なり、1番サビは「皆知ってる 神話のよう」とおとぎ話のような理想論を述べるような形で、2番Aメロは「神話みたいなものさ」と皆が共有している共同幻想みたいな(本来のミソジニー的なニュアンスにおいて)「神話」をシニカルに提示する。codaの「神話」はまさしく2人だけの大切な思い出、「セカイ系」のそれである。

 

4箇所において、以上の「神話」の使い方がそれぞれ異なるのがやはり「新世界のα」の魅力だと思われる。目まぐるしくその意義を変貌させながら物語を展開し、「さよならα」の叫びで締めくくる。口語調で描かれるプロットを、竹下さんの琴線に触れるメロディラインと、爽快なアレンジで軽やかに表現され、聞き手に物語に対する高揚感をもたらす。改めて2017年に世に出た曲だが、その具体的な作品「アイこめ」によってvividに描かれ、あえてそこから離れることで新島さんの筆致の巧さや他作品を含めた(あくまで)「方向性」を見ることができたと勝手ながら思う。

 

3. おわりに

OP2: 「Answer」(Vo. ducaさん)も「新世界のα」と同じ布陣で制作されており、こちらも本当に素晴らしい。特にBメロの低音が効果的に表現され、力強くて鋭い新島さんの歌詞とマッチしていて心が躍る。同時に3年経って独立を果たして、竹下さんのメロディーの幅も格段に広がってて「新世界のα」とはまた違う様相を呈しているのが本当にいい。

また他の新島さん作詞の曲も好きだ。特に魔女こいにっきのED「永遠の魔法使い」は童貞泣かせの情け容赦ない鋭い言葉で描かれている。プレイヤーの自意識を突っつくような感じで。ファンタジー要素に彩られながらも、その内実は非常に冷徹で強い自己意識によって駆動していることが、どこか素敵なのだと。

 

ラフスケッチですが、何かの役に立てば幸甚です。(不要であれば消します)

 

ともあれ2020年は大変だった。コロナで色々と激変してしまった。でも2019年と変わらないのは、自意識が全面に出た曲がやはり好きだということか。自意識なんてそんなもの、探したり守ったりしても何の得にはならないけどね、とも感じた1年でした。

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発売日(?)に買った時竹下さんにもらったサイン。3年前?なのかな。

 

アイこめのヒロインとそっくりな名前の人が知り合いにいるからこれ書いてるときめっちゃ恥ずかしかったのは内緒

 

 

 

*1:訪れる者に安らぎを、去りゆく者に安全を

*2:例えば恋カケにストイックの要素を見出す見解として

lamsakeerog.hatenadiary.jp

作品を生み出すという姿勢はまさにストイックそのものだろう。アイこめの文脈でいうならばロミの「他者の交流を通して魂を強化すること」がそれに当たりそうである。魂の強化という概念はストイシズムの根本であるが、その手段として他者との交流に力点を置いていること、それが今作のメインになっていることは位置付け的に重要である。

しかし、私は上述の通り、ストイシズム→セカイ系の連続性を措定した上で新世界のαにその要素を読み込んでいるが、仮にアイこめにそれを当て嵌めたとしたら思いっきり矛盾する可能性がある。他者との交流による魂の強化は、そもそも君と僕で完結し社会等を徹底的に切り離すセカイ系の見方と噛み合わない。むしろセカイの袋小路から逃れる端緒を作り出す。

では辻褄をどう合わせるか。苦し紛れの詭弁だが、セカイ系の図式によって齎されるエネルギー_これがストイシズムの力点となるが、を加速させながらも同時に、その自意識の傲慢さを認識するという根本的な矛盾を孕む。そしてこの冷めた自意識が勝利し、セカイ系の枠組みは自壊する。しかしエネルギーはそのまま保たれ、それぞれ別方向に流れていく。つまり2人は別れ結ばれることはないが、それでもずっと思い続ける仲となる。こんな形ではないか。第三者には受け入れられない「神話」=メルヘンであろう。

ストイシズムの図式を援用すれば、「新世界」とは2つの意味を持つ。劇中の世界の真理と、2人が遭遇してしまったセカイと。

*3:例えば5chのアイこめ感想スレ(ボロクソに叩かれている)で「新世界のα」の「君」って周太なのかロミなのかどっちやみたいなレスがあったが、その比定ですら辻褄合わせができないのである。

ItknkR(棗いつき+藍月なくる) Collaboration Album『Eufolie』(IKNR-01)の感想

ItknkR(いつき+月なくる) Collaboration Album『Eufolie』(IKNR-01)の感想です。

 

新曲は「パライソ・パライソ」「Eufolie」「愛に飢えたケダモノ」の3曲、そして「アプルフィリアの秘め事」と「As you wish, My lady」のいつきんくるカバー2曲。計5曲で構成されています。作詞作曲陣が「あ、◯◯で見たことある!」ってくらい本当に豪華で最高。

 

新曲群(3曲)は、今までいつきさんやなくるさんの出した歴代のアルバムとは構成が多少違っています。互いに騙し騙されほよりほよられながら堕ちてゆく「ドロッドロ共依存百合」というストーリーテーマを、いくつかのワードを共有しながら、それぞれの作詞作曲者が描く、そういった多面的な造りになっています。特に「虚飾」「」「」やそれらに準ずるワードは3曲すべてに表されています。ねじ式さん、いつきさん、かぼちゃさん、歌詞は基本的に同じ情景や世界観を指していても、ニュアンスというか、モチーフの使い方が異なっていて作詞作曲者特有のセンスが光るのもいい。全体的に主観的な要素を大きく孕むのもこのアルバムの特徴の一つ。今までのアルバム収録曲って、Nacollectionように1曲1曲違うテーマが与えられているか、もしくはJelLaboratoryやElis' dogmaのストーリー仕立てになっているか、この2択だったので、このような構成は何気に初なのでは?と。勿論ItknkR(いつきんくる)としてアルバム出すのは初なんですけれどもね。

 

アルバムジャケットについて、いつきさんとなくるさんの立ち絵のデザインがそのまま使われていて一目でご本人たちとわかります。眼福...!。M3開催日がいいね欄になってたりとちょっと凝ったところがあって素敵ですね。「M3で出すんだ」って気概が見て取れます。

今回もすごい盛況で、1時間くらい外まで列が伸びてて凄かったです。お二人と交流もできて、いや本当にいいイベントですね。

そんな前提はさて置きここから本題へ。

 

 

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1 パライソ・パライソ

 作詞作曲ねじ式さん。そういえばいつきんくるで「ピニャコラーダ」のカバーありましたね。あの時よりも表現できる音域の幅は広がっているな...と。

 

ミドルテンポで3分半、表題曲というわけでもなく、本アルバムの中で一番短い曲です。表題曲を最初に持ってくるのがデフォルトだと思いますが(もしくは最後に)、そうではなく表題曲を2番目に、このパライソ・パライソを1番目に持ってきていて、アルバムとしてはかなり珍しい構成となっています。

 

一方で曲調は至って単純で、A→サビ→A→サビ→B→サビ。Aメロが反復され強調される。他の新曲と比べツインボーカルの掛け合いがなく、かなり平坦に聞こえる。変化・展開に乏しいけれどラスサビ前のメロディーは好き。半音ずつが下っていく感じがよき。他2曲がかなり癖の強い曲だから、最初にこのような纏まってて落ち着いた曲が選ばれたのかもしれない。

 

偽造した愛の言葉」「虚像を積み上げて飾ったつもりが」「厭と言えない檻の中」「火傷なら勲章と呼べるほどに」など「虚飾」「」「」といったキーワードを散りばめることで、アルバムの世界観の呈示を果たしています。趣としてはピニャコラーダに似ている。さらに他2曲と比べても特にこの曲は、感情の機微を最小限のワードで描いています。一方ワードそれ自体は主観的要素を孕み(例えばサビの歌詞、「嗜虐心」とそれに連なる「卑劣」や「破廉恥」もか)、かつ状況を断片的に捉えて描いているため、ストーリーはわかるようでわからないような構成になっています。とはいえ前述のように、互いに堕ちてゆく「ドロッドロ共依存百合」という本筋は見て取れ、攻めと受けでそれぞれのパートを分けていて、割とリアリティのある情景に落とし込めているのかな...と感じます。言葉少なめな分、アニメーションで世界観を補強している部分はあります。

 

特に「火傷なら勲章と呼べるほどに」ってとこや「薔薇(バラ)撒く棘は蜜の味」がいい味出していますね。彼岸花バラのモチーフはこの曲の本アルバムにおける特殊性を表していています(次の2曲も同じストーリーを共有しつつも、それぞれ別のモチーフを加えています)

 

いざこう聴いてみるといつきさんとなくるさんで全然歌い方が違うのでその対比が非常に面白いです。いつきさんは結構抑揚はっきりとした表現に、なくるさんはどちらかといえば繊細にフラットな感じで、多分曲調的にしっとり目に歌い上げるのがいいと思うけど、それだけじゃ味気ないので互いに違う表現で歌い上げるのが最適解かな

 

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過去の歌ってみた動画(ピニャコラーダ)

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2 Eufolie

euphorie(多幸感)+folie(狂気) 仏語(ないし英語)の造語(なおfolieの発音記号はfɔ.liなのでeの発音は本来ない) こんなドロドロとした百合物語には相応しいですね。

 

作曲はかそかそさん、作詞はいつきさん、これまたミドルテンポな曲かなと思いきや、jazzyでかなりハイテンポノンストップで駆け上がるような複雑な曲。特にサビが最高に恍惚感があっていいですね。「二人甘く香るEufolie」までのメロディーの畳み掛けは盛り上がります。Aメロの「HEAVEN or HELL」「RAISE or CALL」といったコーラスの使い方がいいですね。

一方パートメロディも工夫が凝らされていて、特に1番Bメロのなくるさんパートは変化に富んでて好きです。「約束された結末に」で音程が跳ね上がるのがいい。

A→B→サビ→A’→B’→サビ→C→落ちサビ(半音下げ?)→サビ、特にB’は完全にBとは別物で、これ歌うの大変だったろうな...と感じます。テクニックとリズム感を相当要求しますよね。でもliveで歌うと物凄く楽しそうだし決まりそう。

 

先述のテーマ性を踏襲しながら、ギャンブル的要素を入れ込んでいます。スート、Bet、raise or call、オールインといった駆け引きの象徴たるポーカーを素材としながら、そこにブラフ・ポーカーフェイスという「虚飾」を結び付けています。このテンポ感、目眩く展開するゲームに相性バッチリやなと感じます。駆け引きは全曲「パライソ・パライソ」にもその要素を響かせますが、Eufolieはそれをゲームと明示しており、よりはっきりしているのがええなあと。

 

最大の聴きどころは畳み掛けるようなCメロですかね。ゲームから引き摺り下ろされて剥き出しの欲望が両パート相まって、ドロッドロ共依存って感じが伝わります。なお3曲目はこれをさらに過激にさせているので...

落ちサビ→ラスサビにかけて、「二人檻の中 ああ 鍵を失くしていたの」はキーが下がっている分もの哀しさを感じます。そしてお互いこのゲームの勝敗すら「狡猾に飾られたフェイク」であることに気づく、この堕ちていく感じ、いいですね。

 

言葉遊びを所々使用した曲でもある(特にサビ)ので是非歌詞カードを確認してもろて。ギミックが盛り沢山で、ツインボーカルでしか表せないと思います。

今回のアルバムの中で一番衝撃を受けた曲です。作詞してたらいつの間にか表題曲になってたのもわかる

 

3 愛に飢えたケダモノ

作詞作曲かぼちゃさんの楽曲。絶対何かあると感じさせるラインナップ。なこれ2の「ジョカパレ」やなこれ3の「Lilith」に引き続きって感じです。大概えっちな曲になる。

A→B→サビ→A→B→サビ→C→ラスサビと前曲の「Eufolie」と比べ展開は複雑でない。けれども、全体的に艶っぽい印象を感じさせます。サビ自体はjazzyで落ち着いたテイストだけど、歌詞が異様にエグくて浮揚感のような、不思議な心地がします。

 

まあ歌詞がぶっ飛んでて、とりあえずかぼちゃさんだからそうか...というのが歌詞カード見た時の感想。1番2番Aメロは明らかな背景描写、そこから二人の身体へと焦点を合わせていく。1番Bメロは「嫉妬深いのも 知られるのも 屈辱で」と「パライソ・パライソ」「Eufolie」のストーリーを踏襲しながら進んでいき、そしてサビで「愛に飢えたケダモノ 首輪に鍵をかけ 共食いで餌付けして 飼い馴らせば」とかなり過激な方向に進めています。これサビで持ってくるか、という。ただこれ以上にアカン歌詞が散見されるの、本当にコンプラ的に大丈夫だったんですかね...。共食いって表現いいですよね。性欲の昂り→ケダモノって繋がりなんですかね。それに首輪調教。サドっぽい世界だ(適当)。

 

2番の方が直截的に二人へと迫っています。1番よりも2番の方が個人的には好き。「栞挿したままの小説」を引き合いに出して「二人だけ世界」を導き出すのは、残酷な独占欲が醸し出されていていいですね。そりゃ小説が読み終わらなければ、その世界は永遠に続くわけですから。

続けて2番Bメロの「気付けばあんなにいた友人からも孤立して 独占欲が牙を剥いて」は共感しかない。今までの2曲ではあまり意識されなかった内縁/外縁がここで表現されています。外部の人間関係を徹底的に捨象することによって現れる、剥き出しの独占欲、「檻」というモチーフが先鋭的に形作られ生々しさを感じます。ドロッドロ共依存の幕開けです。

 

Cメロはまさしく「共依存の檻」の中で互いに「躾けしあう」というこの世の終わりみたいな状況へと繋がっていきます。それ以上は確実にコンプラに引っかかりそうな歌詞でほよ(割愛)

ここの6連符もジャズらしくていいですね。もっと積極的に3連符や6.7連符を使ってもろて()

 

そしてラスサビは1番に比べ「愛に飢えたケダモノ 首輪に鍵失くし 共食いで餌付けして 飼い殺した」とああもう戻れないんだなぁ...と。互いに性欲を貪り尽くせるまで貪り尽くす、欲求の彼方へ無限に突っ込んでいく感じがEufolieとは比べものにならないくらい高揚感、恍惚感を与えてくれます。

ただし過激であれクドくない表現に落とし込んでいるのはバランス取れてていいですね。abyss(某陵辱ゲーの曲)に似た歌詞やなあと思いました。(こちらも色々アウトな隠語が散見されていいですよ)

またツインボーカル曲ってことで、「天国で泣いた/監獄で泣いた」(1番サビ)、「囚人にされてた/主人にされてた」(2番サビ)「救われ/巣食われ」(同)「一人で泣いた/二人で泣いた」(ラスサビ)と歌詞を互いに変えていて奥行き・立体感ができています。特に最後、一人なのか二人なのか、孤独なのか依存なのか、含みをもたせた幕引きをしているのはいい。

 

歌に関して、なくるさんは高い声はもとより、低い声も綺麗に安定して音出せるようになったなあ...とAメロ聴いてて思います。いつきさんもベースがしっかりしているので、ハモらせた時の安定感と存在感が丁度いい。ただエグい世界観ながら、楽曲自体は、気品がありかつ繊細なメロディーという構成になっているので、歌声での表情の付け方で聴こえ方は随分変わると思います。そういった耽美な部分を如何に演出するかは重要かと。

 

ただ暴力の実現だけが人間の至高のイメージを満たすものなのである... となれば唯一獰猛な犬の貪欲さだけが、何にも制約されない人間の激情を完全に実現することなのかもしれない。

 

Georges Bataille 『サドの至高者』

 

4 アプルフィリアの秘め事 cover

5年前でしたっけ... 元々はなくるさんの曲ですがいつきさんのカバー版です。自分自身非常に好きな曲でしたのでこれには大喜びでした。一方元から「完成された」曲ではあるので中々どう歌うか難しいだろうな...と感じます。

 

といいつつもいつきさん色は全面に出ていて(ちょいロリっぽい?)、伸びやかでパワフルで普通にアリですね。サビの最後あたりとか明瞭に言葉が聞き取れるのは原曲にはないポイントかと。原曲と甲乙付け難いほど非常に素敵に仕上がってます。「跪きなさい」のいつきさんverが聴けるのは本当にご褒美。後言うとしたら微妙なニュアンスというか、表現の解釈をもっと推し進めればより独自性は増すのかな。

 

5 As you my wish, My lady  cover

こちらは元々いつきさんの楽曲。作曲lilyさんなのでなくるさんにはぴったりのカバーだったのかも。ただ本当に難しい(後述)

歌声のトーンはなくるさんにしては低め(基本今回のアルバムの曲では低いですが)。何かのサイトに男の子のボイスあげていたと思うんですが、それを思い出しました。実際この曲の主人公は男の子ですし雰囲気めっちゃ合ってると思います。普通に格好いい。原曲とは違い、最後のサビで音程あげてるのはいいですね。自分はカバーverのアレンジの方が好きです。

 

そのまま歌うと単調めになってしまいがちですので、1番と2番とで表現を変えたり、ドラマ性を意識させたい。Bメロとか結構早口だしメロディを潰してはいけないので滑舌はよくしていかなければならない、そもそも全体的に休憩がないので歌い切るのが大変、この2点を踏まえた上でドラマ性を考えていかなければならないので、本当に難しい曲です。なくちゃにとっては苦手な感じの曲だろうなあと。

 

でも非常にトリッキーながら歌詞が非常にいいので、いつきさん以外にも歌って欲しかった曲でしたので個人的にこのカバーはおいしいです。

 

カバーされた2曲とも作詞ゆーりさんなんですね。このくらいの過激さが自分は一番しっくりしますね。しみみ集合って感じで感慨深い(謎)です。

 

2曲の歌詞については以下参照。

pon-hide0228.hatenablog.com

 

 

最後に

万人受けが「パライソ・パライソ」、アルバムのキラーチューンであり最もダイナミックなのが表題曲「Eufolie」、これからも怪しい輝きを放ち続けるだろうダークホース的な曲が「愛に飢えたケダモノ」、そして往年のいつきんくるファンにブッ刺さるカバー2曲と、バリエーションに富んでて(世界観が色々終わっていること以外は)バランスの取れたアルバムだったんじゃないかと思います。世界観が尖っていて人を選びそうだけど、それぞれのアーティスト(作詞・作曲者)のテーマに対する「切り取り方」が垣間見えるのがいい。

それとM3直前放送無茶苦茶面白いのでみんな見てもろて。

 

 

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Nacollection-3- 感想

本来5月中の夏コミで頒布予定だった作品。しかし例のあやつのせいで中止となり作品も発売延期...その中でパワーアップした「なこれ3」が遂に7/9発売されました!

 

なこれの魅力は様々なジャンルの楽曲を通していろんななくるさんの姿を楽しめる点にあるのではないかなと思います。Endorfin.のアルバムや一昨年のJelLaboratoryはある一定の題材をモチーフとしている以上、基本的にはそのストーリーをなぞることに力点が置かれますから、どうしても一曲一曲を単体として聴くのがなこれより相対的に難しくなるんですよね。

 

初コラボとなる作曲家さんとの楽曲にも、今まで提供してきた信頼ある作曲家さんとの楽曲両方とも楽しめるのも、藍月なくるプロデュースアルバムならではの魅力があります。特に最後の2曲に今までとは一風変わった曲が入っているところがいいですね。

 

前回のNacollection!! 2がすでに2年半前!そこから歌声、表現力、技量、何もかも遥かにパワーアップしたなくるさんに注目して聴いていきましょう!!

 

(ここから先ガンガンネタバレあります。)

 

nacolle3.tumblr.com

 

youtu.be

 

 

 

1 Azura Luno

メン限で先行公開された曲。曲名の発表があった時「あ、なくるさんのそのものの表題曲やん!」と一発で感じました。タイトルはまさに「藍月」。随所にご本人のモチーフが散りばめられています。まだ他の楽曲が公開されてない頃、ここまで属人的な曲はAzura Lunoだけっしょと思ってたら、そんなことなかった。恐るべきなこれ3

 

作詞作曲はRD soundさん。例えばLa prière「それは世界を越えて」でほよ民の間では知られていますね。Azura Lunoもそれは世界を越えてと同じくストーリー仕立てになっていて、綺麗に物語っているところがいいですね。

 

なおAzura Lunoには原型となった曲が存在していて「Heart-shaped chant」(水樹奈々)だそう。エレガの楽曲だったんですね。

 

ストーリーの骨子に沿ってAzura Lunoを見ていきます。

まずこの楽曲では言葉」と「うた」のテーゼを対比的に捉えながら、時空を横軸にして展開し、その中で「うた」を託された存在が月のように歌い明かす、そんな世界観になっています。まさにこの託された存在というのがなくるさんであり、そのための舞台装置として「言葉」「うた」「太古より続く物語」を配置し、ご本人の存在感が浮き彫りにまるで讃えるかのようになっています。

 

引き立てるこれらの要素は具体的には以下のように展開され関連付けられます。

 

1番Aメロ

すべてのはじまりは「言葉」だというだろう  思い伝え語り継ぐ  それがなくるものかと

けれどそれより  或いはそのずっと前に  思い伝え語る「うた」言葉ではなく

2番Bメロ

けれどきっとそれは  胸の中に眠っている  形もたぬ夢幻  それがなくるものかと

だからだれしも  言葉飾るそれが前に  思い伝え語る「うた」  空の何処かへ

 

「すべてのはじまりは言葉」は例えば新約聖書初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」を想起させます。言語の起源は哲学史において長く議論されてきたテーマでもあり、歌という営為もまたその起源について考えられてきたものです。ここでは言葉より先んじて「うた」が存在していたことを示し、言語に還元しえない思いを歌い上げる、そしてそれが「天へと  昇らせ」、「すべて  輝かせてゆける」(2番Bメロ)とつなげていきます。言語との対象性を持たない茫漠たる思い、それが「なくるもの」として表現されています。(むしろ言葉がなければ語り明かすことはできないのでは...と思わなくもないですが)

 

また落ちサビを引き立たせるCメロでも上記と同じ枠組みが再提示され、「遥か  丘向こうへ吹く風  万年の砂礫なる宝石  嘗ては人知れず「言葉」にもならぬ夢」が「夜空照らす形なさず  なくるものかと」と風、宝石、夢という形で具体性を帯びています。ここの畳み掛けが盛り上がるんですよね。それから後の間奏もまたよき。

 

サビの表現がこれまた素敵で「この名前」をタイトルであるAzura Lunoと読ませています。

例えば

Azura Luno  わたしがこうしてここに立つとき  その物語よ  産声も高く」(1番サビ)

Azura Luno   わたしがそれを空に告ぐるとき  その物語よ  また積み重なる」(2番サビ)

そして落ちサビでは

そうしていつか  はじめに  ある「言葉」よりも先に  この物語は 始まっていたのだろう

かくしていつか  おわりの  ない「うた」を託されては  夜が来る限り昇り続ける・・・

としてモチーフの繰り替えされ、月と「わたし」(=なくるさん)を重ね合わせた形で登場します。世界観の提示と主人公の出現、そこの構成が綺麗に整っていていいなと思います。

 

この物語において、最もご本人の存在感が浮き彫りになるのはやはり

満天の星空を従え 夜の淵まで歌い明かせ」(ラスサビ)

でしょうか。月と星々は本来同時には見られない存在です。月が輝くほど星々はその明るさに隠れます(つまり満天の夜空の時は新月に近い)。ただ星々を統べ歌い続ける姿は、なくるさんらしくていい。

 

このように壮大な世界観の中で月のようにたおやかに、パワフルに歌い切っているところがこの曲の魅力です。なくるさんの歌い方って可愛らしさの中に力強さやエッチさがあって素敵なんですよね。最初のコーラスからラスサビまで、なこれ2よりも深みを増した歌声で表現されています。音の紡ぎ方に無駄がなくなって、ムラが圧倒的に昔の作品よりも少なくなっています。一つ一つの音や動機(モチーフ)をしっかり意識して表現できるくらい、レベルアップされてて応援してて本当に嬉しいところです。中世のミンネジンガーのような姿を投影し、ここまで壮大な物語を紡ぐのはどこか確固たる意志みたいなものを感じさせます。多分、なこれ2では絶対に歌えなかったかと。

 

ただAzura Lunoって何語なんですかね?言葉としては人工言語のイドが2単語に当てはまりそうですが。多分音で選んだ説が一番強そう()この楽曲の発表直後そんな話が周りで繰り広げられてましたね。ちなみに仏語にするとLa Lune Azurée

 

仮歌は棗いつきさん。こちらのバージョンも大変優れていていいですね。特にサビのAzura Lunoの表現がなくるさんと全く違うのでそこが対照的で一度で二度美味しいって感じ。メン限で流されましたので是非。

2 メリーメリーゴーランド

作曲はlapixさん、作詞はゆーりさん、soleil de Minuitと同じクリエイターやん!ということで一番楽しみにしていた曲。奇を衒わずひたすら常道を貫くようなメロディーが聴いてて楽しいですね。やっぱなくるさんといえばこんな感じのお洒落な曲っしょ!と思い出させてくれます。割とクセの強い楽曲が揃っているなこれ3の中で、一番ニュートラルで人に勧められる曲だなって感じです。

 

遊園地デートに鼓動高鳴りながらも、待ちわびてる時や未来のことを思うと不安が見え隠れする、甘酸っぱい曲です。1番は待ち合わせの途中、2番はデート中かな? 中々ここ最近のゆーりさんにはなかった感じの歌詞です。だけどモチーフの使い方が性癖ドンピシャで安定して綺麗な歌詞だなと感じます。

 

そしてタイトルのメリーゴーランドからもわかるように「回る」を軸としてお話が展開されています。歌詞カードでは「回る」がくるくるして、遊び心があるのもなこれ3の仕掛けの素晴らしさ。

 

Aメロの心情表現も大変いいのですが、Bメロがいいアクセントになってます。

キミが スキよ スキよ スキよ

 はやく きてよ きてよ きてよ

 わたし ココで 待って いるよ

 だから」(1番Bメロ)

口ずさみたくなるようなリズム感があっていいんですよね。このようなリフレインは例えばCadeau de Dieuで見られます。(2番Bメロの「なんで」がな゛ん゛で゛ぇ゛に変換されるのはきっと気のせい)

 

サビはほんとに王道って感じでぐるぐる回る恋心を時計の針やメリーゴーランド、観覧車に象徴させています。

ねえ近づいてるの?  遠ざかってるの? キミとわたしの距離感 星をすり抜け回る回る 観覧車みたいね」(2番サビ ラスサビ)

キミとわたしで回る回るメリーゴーランドみたいに」(ラスサビ)

が最高ですね。星をすり抜けるって夜空に浮かぶ月とか惑星とかそんなものかな。確かに観覧車っぽい軌道を描くよなあって気がします。

 

なくるさんの曲の中では割と低めの声かな。ファルセット大好きマンだからアレだけど、可愛らしさと大人っぽさを上手い塩梅で詰め込んだ声でいいですね。楽曲の度に違う姿が見えます。そこがなこれの面白さであり、なくるさんらしさであるわけで。

 

ちなみにメリーメリーゴーランドの作詞のゆーりさんとのコラボ曲が7/7に配信されました(こちらはアルバム未収録)。タイトルは「七月のヘリオグラフ」。七夕神話を下敷きとした綺麗な楽曲なので是非。

 

七月のヘリオグラフは↓ 何気にゆーりさんとなくるさんのツインボーカルは初?

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3 わたしがわたしに至った10の理由

久しぶりのLilyさん電波曲。ソロだとわがままモザイク以来かな。(キミに馳せるスクープに収録されてます「次の情報です」は妃苺さんとのコラボ)。なこれ2だと「その名はRendezvous」とかが好きですね。電波曲のプロってイメージです。曲の略称は「わた10(わたてん)」

 

アルバムに収録されている歌詞カードは実はyoutubeの本気verの方。本アルバム収録版は途中のセリフがかなり違います。個人的にはなこれ3バージョンが好きですね。セリフが浮っついている感じがいつものなくるさんらしくていいです(なこ虐じゃないよ)。またちょっとぶっきらぼうな方がより最後の部分で心にグッときます。

 

さてタイトルの10の理由ですが、10個のキャラを演じ分けています。この時点でやることが半端ないです。キャラ設定は順に「ツンデレ」「ドジっ子」「メイドさん」「ヤンデレ」「病弱」「無表情」「ヤンキー女子」「お姉さん」「不思議ちゃん」そして一番重要な「普通」。確かにご本人の配信を観て洗脳されていると、メイドさん:「ご主人様、次の御命令を(アルバムverは「ご、御命令ください!ご主人様!」)からの「休まされました」は非常によく理解できます。上に挙げられたキャラとどうもなくるさん本人と乖離しているところがある種この曲の肝となっています(むしろ不思議ちゃんが一番あってる説ある)。またそれぞれアレンジが違っていたり歌詞カードの字体を変えたりと凝っています。まあキャラと演じるご本人の性格をまぜこぜしちゃいけないって発想も(小説とかでも作品に作者の人格やらを見出すなって話に似てる)ありますが、この曲はそういった視点を通すことによって楽しめる楽曲だと思うので、その意味でもなこれらしいです。

 

そして最後を飾るケース10「普通」がこれまで9個のケースをめぐる中での一つの到達点となっています。「アリな雰囲気だけど  意図した純粋さだから  う〜んなんか違うんだよなぁ」が特に好きで、「意図した純粋さ」ってところがまさになくるさんを象徴するワードだなと。清楚っぽい(清楚ではない)に通じるものがありますが、そこが魅力なんですよ(もちろん褒め言葉)。

 

サビの歌詞の変化もまたエモい。「1回くらい振り向いて」→「10回と言わず振り向いて!」→「たった1回振り向いて!」とキャラを辿っていくうちに脳回路絡まってショートしたり、「わたしの気持ち」が解ってきたり、そして最後は等身大、ありのままの自分を受け入れる、その過程がものすごく琴線に触れます。ラスサビで転調するのもエモーショナルでいい。

 

この曲は本当にこれまで追い続けたファンには何もかも刺さるんじゃないんですか?なくるさんが配信を始めて、その中で色々なイメージが生み出されては既存のイメージが壊れていったりして(サイコパスだったりほよ野郎だったり様々)、でも何か可愛らしくって謎に真面目で飽きさせない魅力があって。私もあれこんな人だったんだ、えぇ...って多分796回くらい思ったんですけど、今なおこうやって曲を聴いているわけですし。そこを余すところなく最高な形で描き切っているところが最強ですね。あれファンがこの曲かいた?って感じるくらい、我々の思いとシンクロしてて電波曲なのに泣けます。「その全て抱きしめてかわいいって教えてくれたんだ」ってとこでグッときました。Azura Lunoがなくるさんの代名詞とするならば、この曲はなくるさんの歩んだ道のりを描いているというか。

 

歌詞カードのイラストが超絶可愛い上に2pまるまる描かれているので大変ボリューミーです。なおLilithやフェイクも同じく2pイラスト付きです。イラストレーターさんもそれぞれ違うので豪華で最強だなと思います。

 

最後に、youtubeの本気verはまさに圧巻の一言。やっぱり上手いです(声優としてのなくるさんの活躍にも期待です)。いつかの不定期彼女を思い出します。youtubeの方の映像を見ることで初めてこの楽曲の魅力が伝わると思うんで是非とも。「風邪引いた経験ないし......今のも若干嘘だし」ってところで「ほよ?」と出しているところが打点高いです。藍月なくるじゃんって感じです。10個のキャラの演じ分け本当にうまいのに、でもちょっと笑ってしまうのはほよ民の性ですか?結構属人的な曲だけど、他の声優さんが演技力検定って形で歌ってみてもおもしろそう。

 

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4 Lilith

twitterで度々出ていたエッチソングとはこのこと。リリスって神話上の女性ですね、悪魔というか魔女というか。作曲はジョーカーパレードのかぼちゃさん。何となく予感はしていました。前評判通り歌詞は色々と過激です。ただ最後はちょっぴり切ない。ジャズっぽい、全体的に感情・劣情をひたすら揺す振り続けるような、そんな楽曲です。こんな小悪魔っぽい感じの曲は「monochrome butterfly」や「その名はRendezvous」とかありましたけど、ここまでエッチなのはなかったですね。なお副題は「転生したらエッチなサキュバスと世界を統べることになった件」

 

元ネタは賭ケグルイOP「deal with the devil」(Tia)だそう。

 

Would you like to have fun with me?

楽しいことやっちゃわない?って感じですかこれ。挑発的な文面から始まります。その後のピアノサウンドがまたジャズさがあって好みなんですよね、過激なナンバーはジャズで味付けするのが一番です(謎理論)。

 

1番の歌詞はLilithのおでましって感じでしょうか。どうも造られた悪魔っぽい?

What do you want? フラスコの中の悪魔が微笑う (baby tell me tell me)

anything you want 叶えてあげるわこの魔法で (Sign this contract, now here!)」(Aメロ)

フラスコの中の悪魔はホムンクルス(フラスコの中の小人)を想起させます。Bメロで造られた存在であることが伝えられます。同時に長く生きられないし力が尽きれば消えると...

 

最初にドキッとするのはサビに入る前のBメロですね。

二人の 邪魔する アイツら 片付けましょう

ブレスの切り方がやっぱえっちなんですよね... これも才能といいますか。なお2番の方はもっとすごいことになっててはえ〜...って感じです(語彙力皆無)

 

そしてサビはもうやりたい放題。ああここまで入っているのは多分初めてじゃないのでしょうか。最高すぎるので全文載っけて見てみます。

もっと もっと もっと 私を感じさせて この手であれもこれもそれも壊したい

 扇情的な 気持ちいい命令をちょうだい おあずけじゃイヤぁっ

 もっと もっと もっと 手強い敵(ヤツ)がいいわ 溢れる魔力(ちから)抑えきれず暴れたい

 刺激的な 濡れちゃう戦闘(プレイ)をちょうだい 逝きたいの

 快楽に その願い しゃぶりつくすわ ねぇいいでしょう?

いざ文面にするとやっぱりやばいです。もっと×3のとこの情感は半端ないです(タケ○トピアノのCMとか言わない) 。単純なメロディの繰り返し+畳み掛けが最大限なくるさんのボイスにマッチしていて勢いがあります。淫魔というか何というか、ここまで直接的なの大丈夫だったんか...と思います。そしてここで外出中だと恥ずかしくなって聴くのをやめる。

ただ1番で散りばめられた要素が別の意味で最後伏線回収されることになります。ただのえっちソングではないんですよLilithは。

 

2番も2番でやりたい放題、よりぶっとんでます。劣情やら嫉妬心を煽るのが本当にうまいですね。本当になくるさん?(確認) 例えば2番Bメロ

私ってばモテるの 追手がすぐに来るわ 悩んでる間に誰かに 奪られちゃう なんてね?どこにも 行かないわ

この太字の部分がセリフなんですけど、急にこれ来るからドキッてなりますよね。結構セクシーな声出せたんですね。お姉さん役ASMRお待ちしております(こういう役今までなくるさんにあったっけ?って素朴な興味もありますが)。

っとふざけましたが、わた10と同じく器用に声色を使いこなすことができるのって天賦の才だと思います。生放送のなくるさんのイメージがここ最近は先行しますが、やっぱすごい方なんだなって引き戻してくれます。

 

2番サビも1番と同じく過激に畳み掛けます。「もっと もっと もっと 私を使役(つか)ってみて」であったり「死んだって構わないわ 命を 魔力(ちから)に換え暴れ続けたい」であったり、傲慢で高飛車で欲望を徹底的に貪り尽くそうとする悪魔ですが、その次の落ちサビで急展開を迎えます。

 

落ちサビはどうやらこの悪魔を創った男の命が危うくなった模様。「私はどうだっていいわ 魔力を 生命に換えあなた生かすわ」落ちサビ特有のバックミュージックの寂寥感がより切なさを助長し、切迫した様子を伝えます。ちょっと前まで快楽に浸っていたのに... ここで「命令違反」ってワードが出てくるのやっぱりエモいですね。そりゃこの男の本望ではないでしょうから。

ここから1番の歌詞とは真逆の歌詞が続きます。「あなた以外 あれもこれもそれも欲しくない」ってのはまさにそれを端的に表しています。

 

そして「愛してるって言ってよねぇ」がこの曲の一番の盛り上がりです。サビの中だとここだけセリフ。曲の世界観が爆速で展開される中、ここまで迫真のセリフをねじ込むことが余力がある上に、非常に切迫したリアルな表現ができるのは、声優の本領発揮ですね。ここら辺の表現の使い分けが綺麗になされているところはやっぱりすごいなと。煽情的で刺激的なのに泣けます。その後「願いを力に変え人は生きるの 忘れないで あなたの中でずっと 生きたいの」と続けます。1番サビの「逝きたいの」とは真逆です。この切ない終わりに1番の歌詞と対比させているのは、楽曲としても、物語としても素敵。

 

最後の「快楽に この命 しゃぶりつくすわ ねぇいいでしょう?」もそのような文脈で見ると、決して性的消費に収まる話ではないです。直前の「願いを力に変え人は生きるの」って部分は何となくなこれ3全体にも、なくるさんが携わった幾多の曲にも当てはまるんじゃないのかなと思います。

 

かなり早口な感じだけど、すごいなくるさんの調子にぴったり合ってるというか、最大限に魅力が伝わっているのでこういう過激な曲増えてください(願望)

 

イラストはえか先生!アルバムの中に先生のイラストが載るのっていつぶりかな。歌詞カードを開いたとき、一番驚きました。Lilithのhの先が矢印になってるの、何でかなと思ってたらアレ悪魔のことだったんですね。可愛らしさがギュッと詰まってるんで是非

 

5 フェイク

こちらは4/1にエイプリルフール企画としてyoutubeで公開になった曲。ふぇりさんとなくるさん、最強の2人とはこのことで。

 

なこれ3の中では一番カッコいい曲になってるなと思います。ジョカパレ最初に聴いた時と同じ衝撃ですね。「解ってんならさっさと征け!」とかほんとになくるさんが歌っている?って感じになります。曲調は乖離光に非常によく似ています。作曲のFeryquitousさんが好きなコード進行だそうで(twitterの質問箱参照)。まあ無機質な曲調こそがFeryquitousさんの真骨頂であり、抜群にキレのある楽曲になってるんじゃないのかな。Identismの頃から聴いてますが、その時よりも格段になくるさんの表現力の上がっているんですよね。

 

曲調は過去の楽曲と似ていますが、歌詞は今まであまりなかったストーリー仕立てとなっています。内容はフェリさんらしくよくわからない... ただフェイクの動画のモチーフ-大量のテレビが積み重なってブルースクリーンになっている情景から、どこかペルソナ4ぽいかなって気がします。確かなくるさんペルソナシリーズ好きだったはず。

 

冒頭部分、告白文体で始まります。これ誰目線なんですかね... ただまあ告白文体ってなくるさんの曲だと珍しいので思わずおお話はどうなるんだ!?って聴き入ってしまいますね。

「そうだ、君には言えなかった話、」

「僕がまだ名も無き日の頃に」

「鉄塔の陰を踏み倒しながら重ねた嘘が」

「心残りなんだまだ自分でも、解っていないが」

「今ここで、全てを」

「打ち明けようと思う。」

フェイクから本物の自分に当てた一種の告白だと思われます。途中の『それじゃあ、君は誰?』応答している本物の自分ですかね。基本的にはフェイク目線での一人舞台だと思って差し支えないかと思います。そうすると最後「そうさ本物はこの僕さ」は偽物が本物に成り代わったことになります。すり変わりというか合一というか、そこを物語の基軸として考えるのがスタートラインかなあと。

 

ことが混沌としているので、あくまでモチーフとされたものについて触れていきます。テレビという要素からペルソナ4を経由して「もう一人の自分」(=ペルソナないしフェイク)の存在を想起させます。本物とフェイクの合一という要素に矛盾なく説明できる仮説だろうと思います。

空欄にセーブ

→ 古典的なテレビゲームの要素を後景に配置しているのではないか

並列のフェイク

→ 記録されたが上書きされることのなかったセーブデータの数々

仮のエスケープ

→ 一時保存

前にも見た事があったな。」「あの時もこんな四畳半だった。」「確かそうあの背中は、この机に躓いていた。

→ ゲームに何度もやり直した面をデジャヴのような形で象徴しているか、何度も自分の分身たるプレイヤーを使ってやり直している様子を思い出しているか。

本物のアーカイブ

→ 並列のフェイクの中で唯一エンディングを迎えられたセーブデータでしょうか。

 

ただ何が本物で、何がフェイクなのかは非常に曖昧で相対的なものであるため、誰がどの立場なのかは判然としません。また上記のモチーフがそのままAメロBメロに繋がるとは思えませんし微妙なところではあります。

 

この曲の公開後フェイク君の謎設定だったり、実はこれマイナンバーカード通知カード落とした話なんじゃねとか色々と2次創作が生まれた意味で愛されてます。新たなキャラクターとしてフェイク君を世に出した意義はでかいなあと

 

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他の考察について、しあんさんやすとねさん、土蜘蛛さんのを参考にさせていただきました。ありがとうございます。(何か問題があればお伝えください) 

 

 

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6 Folded Wings 

satellaさん楽曲提供は初?と思いきやIrithがありました。 えんどる的な爽やかさを彷彿とさせながら、何となくギャルゲーっぽい感じの曲です。曲タイトルの意味は「折りたたまれた羽」って感じでしょうかね。

 

全体の流れとしてはかなり転調が激しくて幻想的、中々最初はピンとこなかったんですけど、Aメロのピアノサウンドが気持ちいいし、要所要所のストリングスもいいですね。

 

Aメロは多少ネガティブな感じです。ただその要素を塗り替えるようにBメロサビまで、翼を広げて駆け抜ける感じが特徴的です。

舞い上がれ 想いのまま 風を駆け抜けて 切り開いた 未来が 二人の場所へ いつか導いて」(1番サビ ラスサビ)

たとえ翅失くして  闇に飲まれても  君が見守ってる  さあ広がる明日へと」(Cメロ)

このサビ部分がとても爽やかで気持ちいいんですよ。非常に変則的な曲調なんですけどコーラスを交じ合わせながら、まるで風を切るように伸びやかにメロディが進むんですよね。ビブラートを多用しているところは今のなくるさんだからこそ。

 

この折り畳まれた「」ってところからモチーフはちょうちょなんですかね。翅というワード自体はガラスアゲハでも登場してます。

 

(元ネタはやなぎなぎさんの「カザキリ」だそう。)

7 whisper 

高城みよさんの作詞作曲を聴くのは初。最初聞いた時カービィ夢の泉のBGM(レインボーリゾートのような)的な、3拍子の楽曲だなって思いました。速さはワルツ感ある。アルバムの最後にこのようなほんわかした曲を入れるのはいいですね。

 

コーラスの合わせ方がほんとにセンスが光ってて好きです。今まであまり無かったコーラスをなこれ3では結構使っていますが、一番綺麗にできているなと。Azura Lunaのような大曲とは違い、このような小曲もまたいいんですよ。3拍子の綺麗なリズムになくるさんの全てがつまっています。

 

この楽曲一番の魅力は作詞です。多少モチーフが散らかっている気もしますが非常に綺麗です。境界線で挟まれた空と海をつなげ合わせるような不思議な歌詞です。例えば冒頭とラストで繰り返される「空を泳ぐ鳥と何もない果てを探してる」ってところは若山牧水の「空の青海のあをにも染まずただよふ」という情景を彷彿とさせます。

 

AメロBメロはそれぞれ街の情景を描き出しています。「崩れかけの壁」「錆び付いた歯車」などの表現はどこか人が離れて荒廃しきったような様子が、しかしそれでも、「誰も居なくても」街を動かし続けているのでどこかディストピア感があります。それを背景として窓から空を眺め余情を歌う、そんな感じですね。歌詞カードでも三日月、それらを臨む白いレースカーテンが描かれやはり楽曲の世界観を忠実に表しているなあと感じます。

 

表現が最も綺麗なのは、サビです。

きらめく星を切り取って  波打つ影を飾りましょう  風に靡いた夜色の  ドレスに身を包んで」(1番サビ)

夢を纏った  指先で 私の愛を描きましょう  鈍く光った箱舟に  そっと想いを乗せて」(2番サビ)

揺らめく月を掬い上げ 静かな夜を飾りましょう  闇に揺蕩う銀色の 海月に身を任せて」(ラスサビ)

1番サビでは天上の星々を海へ、ラスサビでは逆に海に映る月を天上へ、やってることは全知全能な感じがしますが、そこが地平線を挟んだ海と星空の余情をよく謳っているなと思います。そしてラスサビの「海月」は突然出てきます。なこれの世界観を完全に踏襲していますね(そうでなきゃいきなり出てこない)。小曲であるのにも関わらず、なくるさんの要素を全面に押し出し「夢を纏って  指先で 私の愛を描きましょう」などAzura Lunoに負けず劣らず全知全能な姿が演出されているのは本当に素晴らしいです。Azura Lunoで月と歌を、そしてWhisperでそれらと海月を混ぜ合わせていて、最初と最後が非常に綺麗に仕上がっており、Nacollection-3-いう物語を引き立たせています。最高でしょ

 

さいごに

全体的に歌い上げる難易度が高い楽曲ばかりで、かなり挑戦的だなと思いました。特に「わたしがわたしに至った10の理由」は非常にハイテンポであれだけの歌詞を詰め込むのはかなりきついのでは... さらになくるさんの今までの軌跡を想起させる属人性の高い楽曲でもあり、割とプレッシャーも大きかったのでは?と勝手に思ってます。(高度な演技分けを要求される楽曲でもあるので違う声優さんが歌ったらどうなるんやってのは気になる) 

 

さらに他の楽曲も、メロディーを追いかけるのが難しいFolded Wingsやら、表現の切り替えが激しく扇情的なLilith、フェリさんらしいメロディの畳み掛けが特徴的なフェイク、本当に高い表現力を要求されるものばっかでしたので、わあこれはすごい(小並感)ってところです。

 

改めてなこれ2から幾年月経ち、パワーアップしたなくるさんを拝むことができました。感想を書いてて、やっぱり昔と同じようには感動を味わえるわけではないですが、どんな姿であれ、持っている才覚や能力は砕けないものであることを再確認しました。

素晴らしいイラストに囲まれた藍月なくるを象徴する楽曲群に改めて心を預けるとき、そこには無数の記憶を宿した素敵な世界が広がっていること、何より、行き交う年月の中で偶然なくるさんの存在を知り、その存在に人生を賭けて、結果的に色々なファンの方々と一緒にその活躍を応援できること、その全てを大事な思い出として、誇りに思えます。

 

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作詞: 結崎有理さんがエモいという話(仮)

今まで1つのアルバムを取り上げその中の全楽曲についての感想を書いていましたが、今回は趣向を変えて「作詞者」という括りでつらつらと書こうと思います。つまり様々な歌手(アーティスト)のアルバム群を横断的に見るということです。あまりなかった試みでは? というわけでどうぞお手柔らかに。

 

好きな作詞家の方はたくさんいますが、その中でも特に結崎有理さんの作詞が好きなので提供楽曲を中心に見ていきます。声優にドラマCD脚本に...とマルチに活躍されていますが自分は作詞から知りましたね(少数派かな?) 「Soleil de Minuit」から知ってJelLaboratoryの中でも「Cadeau de Dieu」が特にハマって、そしてバイノーラル6音さんのYoutubeで配信されている作品に声をあてらていてそれが本当に好きで、そんなところですかね。

ドラマCDなどについては他のファンの方々の素晴らしい珠玉の感想がたくさんありますので、ここでは曲のみを対象とします。またアルバム自体のモチーフにも触れます。

 

さて、有理さんの作詞の特徴であり個人的に一番好きなポイントは、端的なワードでありながらストーリー、情景をありありと描き出しメロディーに合わせ理知的な対句で表現されている、その叙事的な質感と構成力の高さにあります。もちろん作品全体を統一的にいえるわけではないのですが。対句の構成の巧さは、まるで漢詩を詠んでいるかのような感覚になります。だから歌詞カードをのぞいてみると非常に整っている。聞いても良し、歌詞を見ても良しって感じなんですよ。

 

さらにモチーフの一つ一つが耽美的でエロティック。例えば「As you wish, My lady」はそのディテールの深さによってありありと目の前にその光景が浮かびます。上品なエロさってやつですね。

 

実際に楽曲を聴いていて言葉が違和感なくすっと耳に入る、最小のワードで多くを語るその表現力の高さもまた作詞の巧さを感じます。表現過多や説明口調だと結構重たく聴こえるんですよね、特に後者は。伝える言葉は端的な方がいいのはその通りで。表現の引き算といった感じでしょうか。フレーズ一つで一まとまりの語群で構成されていることが多いですかね。

 

ストーリー上の作詞構成や表現する単語それ自体に対するセンスが光る作品が多い一方、叙情的で自我ないし自己意識の根底に据えるような歌詞は少ない印象はあります。あくまで歌詞のベクトルは外部世界に対してであってその逆である自己の内面には向かわない、まあ上述の特徴と対極にありますので、この歌詞に共感しました!みたいなのには繋がりにくいのはそりゃそうって感じです。叙情を謳いあげた散文の形態をとるのが近代詩だとすると、有理さんの歌詞は前近代、韻律を基調とし、専ら政治的・社会的役割に特化した古代詩に近いのかなと思います。

 

実際に全曲は聴いていない(その時点で色々とアレ)ので知らないことも多々ありますが、その時は是非情報提供よろしくお願いします。

 

それはともかく描出の彩度が高く、聴く我々をどっぷりとアルバムの世界観に浸らせてくれる、そんなところが素敵です。クレジットで有理さんのお名前を見かけた時は期待感が爆上がりするんですよね。ご本人が出されているアルバムにはskygazeやVesperbell、そしてフロム・サイレントシティがありますが、今回は提供曲に絞って、特に好きな4曲について述べていこうと思います。

 

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この間の配信で歌詞については言及されていたので一応  なお「Cadeau de Dieu」についてはJelLaboratoryの方で感想を述べたいです。

 

 

アプルフィリアの秘め事  (2016年)

我らが正義・藍月なくるさんの1st Mini Album。その表題曲として収録されているのがこの「アプルフィリアの秘め事」。アルバムを構成する楽曲群はどこか妖精帝國のGOTHIC LOLITA PROPAGANDAを想起させるようなゴシック調で個人的にどの曲も好きです。その中でもこの4曲目にあたる「アプルフィリアの秘め事」は群を抜いて過激で耽美的で一番気に入ってます。

 

この楽曲の作詞を有理さんが担当されていて、同時に3曲目の「Paradise Lost」の作詞も手がけています。「Paradise Lost」はなんとなくるさんとSennzaiさんのツインボーカル曲です。この楽曲もかなりエロティックであり、楽園追放という旧約聖書のテーマを下敷きに描かれています。

 

このアルバムでは林檎のモチーフが繰り返されます。1曲目「エナメルの舞踏会」では「鏡は誘う 真紅の果実」、2曲目「片翼のディザイア」では「甘美に誘う禁断の果実」、3曲目「Paradise lost」では「知恵の実は抗えぬ甘い香り」と「林檎を 口にした時に心を知るの」、そして今回題材にする「アプルフィリアの秘め事」では「赤黒い果実から滴った 咽せ返る程甘い誘惑 一口齧ればもう 戻れない? 戻りたくない さあ愛し合いましょう」(1番Bメロ)とあります。どの楽曲もやはり楽園追放をモチーフとしていますね。ただし「アプルフィリアの秘め事」は「この楽園でずっと待ち続けているわ」と楽園にとどまっているので、「Paradise Lost」のような創造神の生みだした楽園とは異なる楽園であることが示唆されます。

 

このテーマですと多数の作品で引き合いにだされますが、その金字塔たる作品はやはりミルトンの『失楽園』でしょう。蛇に誑かされたイブがアダムと醜くも罵り合いをする様はまさに楽園追放にふさわしいといいますか、しかし、この「アプルフィリアの秘め事」においてはイブを騙した蛇の存在は特になく、もっぱら愛欲を貪る2人の姿が描かれそちらの方に重きを置いています。ひたすら過ちを犯し続け愛欲に堕ちていく、そんな退廃的な歌詞はやっぱりいいですね。同時にそういう曲がぴったりなくるさんに合っているのはまた良き。

 

さて、「アプルフィリアの秘め事」は4曲の中でも最も過激で、非常にサディスティックでありかつ挑発的な歌詞となっております。

例えば1番サビ

壊れるくらい狂えるくらい 夢中にさせてみて 我儘な注文(オーダー)も 愛情のうちでしょ

2番Bメロ

浮かぶ線舐めるようになぞって この身に触れたいなら 求めて? 本能(エロス)のままに さあ跪きなさい

といった部分はかなりドキッとしますね。大胆不敵といいますか、Vesperbellの「ScarletRouge」もかなりぶっとんでいましたが、それ以上にトバしていますね。そして「跪きなさい」の部分のなくるさんの歌い方、本当に天才的で心がかき乱されます。

 

そんな不遜な歌詞ですが、落ちサビとラスサビでは打って変わって真実(本当)の愛が失われてしまったことが語られちょっぴり切なくなっています。「本当はね知ってたの これこそ本性(私)だと 過ぎ去った遠い日に いつまででも縋って」の中で、本性をわたしと読ませているのが有理さんらしいなと思います。自信満々に命令(オーダー)しておいてここで弱みを告白するあたり悪い女ですね(褒め言葉)

 

ラスサビは林檎の赤のモチーフが「」繋がって想起されます。「壊れるくらい狂えるくらい 夢中にさせてくれなきゃ 血が撥ねた頬がほら 林檎のように染まって」、そして「咲き乱れる白い花」と赤黒い血と白のコントラストがよく映えます。性衝動と血(やそれを象徴する殺害の観念)の関係性の深さ、互いに罪を犯し合う(侵犯)ことで愛欲に溺れる過程は、バタイユ的なものを感じさせ、「死は恩寵」といった古代的なミスティシズムを感じさせます。禁止(罪)」の概念を設定しそれを徹底的に侵犯することで、二人深く結ばれていることをことさら強調させていると考えられます。またこの観念はJelLaboratoryでも引き継がれているかと。有理さんの歌詞の特徴の一つのように思えます。

 

放蕩を押しとどめるものは何もない...。放蕩の欲望を増幅伸張させる真の手段は放蕩に限界を課することなのだ。

 

マルキ・ド・サド 『ソドムの百二十日』

 

Soleil de Minuit  (2017年)

通称それみにゅ。なくるさんとSennzaiさんのコラボアルバムの表題曲です。実はこの楽曲で有理さんを知ったんですよね。そして最も好きな曲。Lapixさんの疾走感のあるサウンドと「真夜中の太陽(白夜)」という広大なスケールを携えた有理さんの歌詞、全てが完成されててつよつよな楽曲となっています。フランス語になっているのはsennzaiさんのアルバムの影響ですかね。

 

特にアルバムのキャッチコピーもまたエモい。「たとえ、貴女の姿が朝焼けに霞んでも ずっと孤独な宇宙で見つめてる」この物語の主体は「太陽」と「」でしょうか。それともそれらが司るところの「」と「」でしょうか。それともこれらダイナミックな天体の動きに自らの思いを仮託した人間でしょうか。そうすると白夜という緯度で限定された場所、時にしか起こらない特別な天体現象をバックとして、その特別な瞬間に二人の再会を重ね合わせる、そんな解釈になりそうです。いずれにせよ本来的には相反する存在が描かれていることは歌詞から読み取れます。2年後に頒布された「フロム・サイレントシティ」もまた薄明→夜明けと時間帯の推移を踏まえています。

 

そしてツインボーカル曲ということもあって、全体の構成としてかなり徹底した対比表現が取られ、より一層世界観がわかりやすくすっと頭の中に入ります。本当に「綺麗」と言う他ない。またなくるさんとSennzaiさん、声質が対照的なのもいいですよね。

 

楽曲の全体構成は1番Aメロ→Bメロ→サビ→2番A'メロ→Bメロ→間奏→ラスサビです。これら楽曲を構成する主題が別の主題と対比関係になっていたり、主題内で対比構造をなしていたりしています。こういうことだから説明のために歌詞引用にかなり割きますが許して...

 

最初に1番Aメロですが、Aメロで対比構造をなしています。

流れてく雲から溶け出す大気が(吹き抜け) 今日も人々の意識を呼び覚ます」(なくるさん)

流れてく星たち追いかけ漂い(寄り添う) 今日も夢を見る貴方と眠りたい」(Sennzaiさん)

「意識を呼び覚ます」と「眠る」、この対になるワード群はサビ、ラスサビでも繰り返され「昼」と「夜」の象徴化を図ります。太陽や月が地平線の彼方に沈むこと、昼と夜が交互に入れ替わることを擬人化して「眠り」と表現しているとも読み取れます。またなくるさんパートの方では客観的な、第三者目線の情景描写に止まりますが、sennzaiさんパートは「今日も夢を見る貴方と眠りたい」と思いを描き出しています。

 

そして1番Bメロですが、2番Bメロと対になっています。

凍える陽射しが世界を奪う(白く)」(1番B) (なくるさん)

気高い光に染まった夜は(白く)」(1番B) (sennzaiさん)

瞳を閉じれば覚えてるまた(黒く)」(2番B) (sennzaiさん)

穏やかな夜が世界を包む(黒く)」(2番B) (なくるさん)

1番が朝焼けの情景を、2番が夜の情景を表しています。普通太陽の出ている時間帯の方がポジティブに描かれそうですが、「世界を奪う」という結構ネガティブにとらえているところがとても素敵ですね。一方「穏やかな夜」とこの曲全体では夜に対し肯定的にとらえています。「Soleil de Minuit(白夜)」であるがゆえですかね。

 

この1番Bでは1番Aと同じく情景→心情表現の枠組が取られています。

独りきりなの」(なくるさん)「独りじゃないよ」(sennzaiさん)「ねぇ隣にいるよ」(1番B)

思い出すでしょ」(sennzaiさん)「思い出せるよ」(なくるさん)「ほらあの日の言葉」(2番B)

天上で出会うことのない太陽と月のように、それぞれ離れ離れな二人、でもお互い存在していることは確信している。そしてこの二人が出会うシーンが2番A'で描かれ、サビで大団円を迎えるという構成になっています。

 

その2番A'メロですが、

Ah 朝焼けが黄昏*1を染め」(なくるさん)

滲んでいく」(sennzaiさん)

この一時一瞬だけ目線(め)を交わす」(なくるさん)

 

として、二人が会える瞬間はまさに「夜明け地平線から太陽が顔を覗かせ空が紫色に染まるあの一瞬の時間帯ですね。非常に不思議で神秘的な、私もこの瞬間が非常に好きです。そしてこの感動のシーンを2番にもってくるのが演出として憎いですね。違うメロディーを2番に挟むことはよくありますが、ここに重要なシーンを入れるのは聴いている立場からすると、シーンの切り替えにおおお!ってなります。飽きさせない曲の作りが作曲においても作詞においてもなされているところが、この曲の大好きなポイントの一つです。その後は

Ah 星屑も隠れるほどの」(sennzaiさん)

孤独な宇宙(そら)」(なくるさん)

まだ留めて優しい時間(とき)永遠に」(sennzaiさん)

としてキャッチコピーの「たとえ、貴女の姿が朝焼けに霞んでも ずっと孤独な宇宙で見つめてる」の情景とも重なります。

 

そして実際に貴方が存在するとはどういうことなのか、「体温」に表されるように「接触」をトリガーとしているところが特徴的だなと思います。「この世に貴方が存る(あ)と告げる」はサビでも同じく繰り返されるところになります。

 

ではそのサビなんですが、やはり二人は隔絶された存在?のように語られます。しかし

見つめなくても 聴こえなくても 届かなくても感じる

 は先ほどの「体温」→「存在の確認」を踏襲した表現になっています。姿・声といった要素が掻き消されててもわかるんだってところが、むき出しの思いって感じでいいですね。「アプ秘め」のように何一つ過激な要素はないにせよ、こういった直接的でストレートな要素を物語のキーとして中核に添えているのは共通していますね。

 

何よりラスサビの歌詞がこれまたいいんですよね。

また二人笑えるまで その季節(とき)を迎えるまで 愛してる

おはよう」(sennzaiさん)「おやすみ」(なくるさん)

となっていますが、「愛してる」のところで物語の盛り上がり、大団円を迎える感じがお気に入りです。1番Aメロや1番サビ(「地平線超えた先で 青空のその向こうで 眠らせて」)で出てきた「眠る」というモチーフが挨拶表現で再提示され、さらに「おはよう」が「貴方と眠りたい」(=おやすみ)と同じくsennzaiさんパートになっているところがパート分けとしても綺麗でいいですね。

 

そしてもう一つ繰り返される表現としてサビ、ラスサビ最後の

私は」(sennzaiさん)

貴方を」(なくるさん)

想う」(sennzaiさん)

 がありますがこのように文節でパートを切り分けているのは「私は貴方を想う」というベタで何の変哲もない、下手すれば直訳風の表現ながらも、いやだからこそよりこの楽曲の締めとして強調されていいのかなと思います。まあキラーフレーズみたいなものでしょうか。

 

ものすごい壮大なスケールで描かれた曲でありますね。正直このアルバムでなくるさんやsennzaiさんの他の楽曲を聴くきっかけになったので自分にとってはとても思い入れのある曲であります。アルバムのキャラデザも素晴らしくて... もちろん「乖離光」や「Deep End」「Rare Checkmate」も素敵ですのでThe 名盤って感じです。綺羅星のような楽曲群の中で燦然と輝くのがこの「Soleil de Minuit」。作詞:結崎有理さんの楽曲の中でも代表曲になるのでは?と私は勝手に思っています。

 

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As you wish, My lady (2019)

我らが王 棗いつきさんの2nd album ラブマニックの2曲目として収録された楽曲。作曲はA_than_lilyさん。可愛らしい楽曲かなと思いきや結構インパクトの強い、過激な、生々しい路線の楽曲です。アルバム内でも一際異彩を放っています(というよりいつきさんの楽曲の中でも珍しい方では?)。

 

いわゆる「femme fatale」を意識したような曲です。女の気まぐれに振り回されっぱなしの男といいますか... まあそういう方自分好きなので結構歌詞には共感できますね。変な記憶を呼び起こしてしまいそうであれですが...

 

情景描写に巧みに心情が織り込まれ、1番では待ち合わせのシーンが、2番ではカフェで一緒にサーカスを眺めるシーンが描かれています。「時計の針は一回り」(1番Aメロ)って1時間待たせているんですか。こりゃとんでもない人ですね。2番の方もやはり思い通りにいかない「お姫様」に嘆いています。「世界で二人きりだって 嗚呼、何もかんも聞いてやしない」って言ってもそれもまたエゴでは?と思いますが、じれったいです。

 

一番描写の中でも生々しい部分は2番Bメロ、何かtwitterで噂されてましたよね(記憶が曖昧)

ほら上目遣いのちソフトなボディタッチ 思わせぶり素振りに昂り覚え ねえそろそろ我慢も限界だよ夢の中 Ah 君を押し倒したら

って一つ一つ頭に光景を思い浮かべると、ああこれ性癖に刺さる奴ですね。脚本家としての描写能力が遺憾なく発揮されていますね。台本のト書きや監督の指示みたい(小並感)。随分と弄ばれていますが満更でもなさそう。サビで「それでもきっとこのRoleは特別」とあるように、他の男でなくてこの俺にだけ我侭を言ったりしてくれること、そのことに優越感や悦びを見出していますね。君にだけ As you wish」っていうのもまた盲目的で。それが男の性。自分だけのものにしたいんだって思いは昂りますが、結局振り回されるだけ振り回されて、今日もまたYour servant お気に召すままに。ねえ誰かこの風景漫画で書いて(他力本願)って感じですね。

 

Cメロでは一転攻勢して男の方の欲望が加速し、転調ラスサビを迎えます。

どうか飲み干せないほどの 愛で愛で愛してるだから さあ溺れてしまえ

って割と強引です。何というかどこからその自信は出てくるんだろうって気もします() 愛に溺れさせてって表現ではなく溺れさせてやるですからね。そこからのサビの盛り上がりは激しいですね。多少アドリブ的な要素が大きい曲ですので実際聴いてみると、歌詞カードとはまた違う趣があるのも一興

 

他の楽曲であった対比表現はほぼ皆無ですし、どちらかというといじらしい要素を畳み掛けるような曲ですが、思わず口に出してしまいそうなリズム感があります。とりわけ滑舌が良く一つ一つの音の発声がクリアないつきさんだからこそ歌いこなせる曲だなと思います。紹介した3曲のなかでは比較的スケールは小さく、ピアノ曲でいえば「小品」かなと思いますが、随所に光るギリギリを攻めたような表現が衝撃を与える曲です。

 

星誕アンビバレンス (2020年)

つい先日発売されたばっかのsennzaiさんの1st mini album Ambivalen¢eの1曲目に収録された楽曲です。キャッチコピー「相反する二つを宿したまま、ワタシを受け止めて」とあるように、sennzaiさんの二つの異なる声色を使ったアルバムとなっています。確かにFleurixでは「Jewelry Beans」のようにちょっとやさぐれた感じの歌声の曲もありましたが、今回の特にこの「星誕アンビバレンス」はその両方の歌声を巧みに使い分けた、擬似ツインボーカルとなっています。ありそうでなかった試み... 

 

そして作曲は「クロユリ」を手がけた塚越さん。ここ最近なくるさん(「君よ」)やいつきさん(「Checkmate」)にも楽曲提供されていましたが、本当にいい曲ばっかりなんですよ。四つ打ちサウンドを基調としつつもここまで荘厳に、壮大に楽曲を盛り上げることができるのは音楽の可能性を再認識させられます。そこに有理さんの歌詞、sennzaiさんの歌声、名曲でないはずがないです。

 

受け止めてDon't stop lovin' you!!」としょっぱなからキラーフレーズが登場します。これと同じメロディがサビの最後、Cメロの最後にも出てきて強調されています。反復されると鮮烈に脳裏に焼きつきますよね。

 

このアルバムの世界観はやはりキャッチコピーにあるように「相反する二つ」であります。いわば自分自身に宿るもう一人の自分を対象としています。そんな自分と一緒にもっともっと遠くへ行こう!乗り越えていこうって感じの前向きな曲です。歌詞も自分の「内面」へ向けられ、今まで挙げた3曲とは逆向きの構成となっております。しかし一方でアンビバレント(二律背反)な存在に対して綴られているため、二項対立・対比関係を意識した構成にはなりますし、第一その矛盾する内面はほとんど他者と捉えても差し支えないのかもしれません。

 

それみにゅにもあったように組み立てが本当に綺麗なんですよね。口ずさんだ時の音もそうだし、文字にしても整って見える。

自己矛盾の衝動」(1番Bメロ)

空理空論な純情」(1番Bメロ)

無我夢中の心情」(2番Bメロ)

千紫万紅の恋情」(2番Bメロ)

 の並びは特に強烈ですね。1番の方では「感情」に否定的な単語がかかっていますが、2番の方ではむしろポジティブで吹っ切れた単語がかかっています。理性と本能 二つの狭間で揺れる」というワードが2番サビででてきますが、理性に対する感情の勝利ってところでしょうか。

また1番Bメロの続きは「押さえつけたんじゃ意味ないじゃん」「駄目だよ」「やれるよ」「怖いの」と相反する二人(二つの人格?)の対話が繰り広げられますが、2番の方は「待ちきれないと騒いでる」「求めて」「壊して」「愛して」と同じ方向を向いているようになります。ここの盛り上がり方が非常に好きです。端的なワードを積み重ねながら壮大なサビへとつながります。こうした最小限の表現で感情の機微を描き出すのはくどくなくていいですね。

 

そしてサビは1番と2番とラストとありますが、1番とラスサビはほとんど同一の歌詞ですがちょっとしたマイナーチェンジがかかっています。

走り出した未来への Flight 手の平から伝わるよ アイの鼓動」(1番サビ)

最果てまで大気圏を Flight 燃え尽きても新しい星の息吹」(2番サビ)

となっていますが、新しい星の息吹って「星誕アンビバレンス」のモチーフがここで現れます。超新星爆発を起こして原始星が生み出されるように。Flightって単語も一緒に宇宙を飛んでる感あっていいですね。アイの鼓動とカタカナになっているのは「」と「I(自我)」を掛け合わせているのでしょう。「A study in blaze」でも見られる表現です。

 

そして

表と裏 二つの想いを重ね キミのもと届くように」(1番サビ)

表と裏 二つの想い キミのもと届くように」(ラスサビ)

とマイナーチェンジがかかっていますが、パート分けも1番の方がなされており「表と裏 二つの想い」までが独唱になっているのに対し、ラスサビではお互い同じパートを歌っています。ラスサビではお互いの気持ちがシンクロし合ったのでしょう。ディテールが凝っていて聴いてて楽しい部分です。

 

実際にこの楽曲ででてきた表現自体は、例えば「crazy for you」や「狂えるくらい「スキ」が溢れ出した」といった表現は「SickCrazy」でも繰り返されていますし、Cメロの歌詞「置き去りにした本当の気持ち」は3曲目の「ワタシは夢と君の為に」に通ずる部分があります。でも同じワードを使っているはずなのに3曲とも全く違った魅力を放っている、それは作曲を含む楽曲の構成であったり作詞家の癖によるものなのかなと。その中で有理さんの作詞は、理知的にワードの積み重ね、叙事的で壮大な世界観を描くところに特徴がありますね。(一方このアルバムの他の楽曲はSennzaiさんの作詞ですが、非常にド直球ストレートな表現で上手くコントラストを成しているのかなと)

 

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Elle est retrouvée.
Quoi ? - L'Éternité.
C'est la mer allée
Avec le soleil.

 

???????????

 

次回に続く?

 

(問題がありましたら削除いたします)

 

 

 

 

*1:黄昏は夕方の意 朝焼けが夕方を染めるのは不可能なので、twilightを借用した上での表現か...と思いきや白夜をワンフレーズで表す試みだそう(本人twitterより)

Endorfin. 4th Album Alt.Strato の感想と考察 Endorfin.におけるイラストの変遷についての覚書

Endorfin. 4th Album Alt.Strato について、全楽曲の感想です。

 

2018年春M3で頒布されました。ただこの時私はM3はおろかEndorfin.すら知らなかったかな。当時はクリアファイルとか販売してたのか...もっと前からこのアーティストを知っていたかった、そんな思いがぐるぐると頭をよぎる。でも本当にどうしようもないことで、もしもっと前になくるさんやデルタさんを知っていたら、Endorfin.ってアーティストの自分の中での位置付けも変わっていたのかもしれない。そう考えたら、ちょうど良いタイミングでえんどるの楽曲に出会えたのかも。

 

Endorfin.がどのように愛されていたのか。今と同じように長蛇の列が形成されるほどだったか、すでの「とんでもない世界線に来」ていたのか。当時の感動をもし知っている方がいらっしゃったらコメントで教えてください。

 

さて、このAlt.Stratoはストーリー仕立てになっています。歌詞カードにはそれぞれの楽曲に女の子の姿が描かれています。このストーリーの主役かもしくは... ジャケットはふーみ先生書き下ろしの銀髪の女の子。Horizon Noteで描かれたキャラと同じですね。さらに「ひまわり」や「紙飛行機」といったいかにも夏らしいモチーフが並びます。

 

全体的に過去の思い出を回顧的にふり返えるようなものでしょうか。

 

前置きが長くなったのでここから書き始めていきます。

 

ーひまわり畑、入道雲、刺すような青空と蝉の声

 この場所に帰ると思い出す

 

 君は君の道へ 私は私の道へ

 きっともう交わらない平行線を歩いてゆくのだろう

 

 あの日の君の影を探してー

 

endorfin.jp

www.youtube.com

 

感想につき、偉大なる先駆者様(まちかすさん、とまとさん)

 

matikun22.hatenablog.jp

tomato-scope.hatenablog.com

 

 

 1. Introduction

ピアノソロの楽曲。実は表題曲「Alt.Strato」のイントロ部分の抜粋。このアルバムの世界観がこのメロディに集約されていることを感じさせます。メロディー的には嬰ヘ長調とかそんな感じ?

 

表題曲「Alt.Strato」を聴いた後だと、ピアノソロの爽やかと共に、切なさと懐かしさを感じますね。てかEndorfin.ピアノ好きですよね()

 

 2. Cornus Florida

 cornus florida: ハナミズキの学名。元々はREVOLUTION OF HAPPY? #01に収録されていました。今回Alt.Stratoは「Four Leaves」といった元々ゲーソンとして世に出た曲も含まれます。別の文脈下で作られた曲が、Alt.Stratoというアルバムの世界観に織り込まれていく、その手法はLOST-IDEAやStories of Eveでも表れています。

 

これまたピアノサウンドから始まりますが、当初の収録先の関係かかなり電子音が目立った楽曲となっています。初夏の水々しさ、酷暑になる前の爽やかさがデルタさんらしいサウンドによって彩られ、そしてハナミズキというまさに初夏を代表する花を曲のテーマとする、この夏物語の始まりにぴったりだなと思います。

 

そして歌詞カードに描かれているのは幼少期の頃の女の子。秘密基地や「もういいかい」「まだ駄目なの」からわかるようにかくれんぼが描かれ、幼き日の思い出を彷彿とさせます。

 

ただしあくまで過去のこととして、回顧的に蘇っていきます。

秘密基地に残る あどけない君の横顔 昨日の事の様に」からは逆説的にかなりの年月が過ぎてからかつての遊び場を訪れていることがわかります。要するに主人公は大人なんですよね。

そして「君」への追憶が始まり、2番Bメロの「『もういいかい』何度も夢に見た 『此処にいるよ』愛しいその声」はかくれんぼを下敷きにしながら、思い出の「君」を追い求める様子が描かれます。ここが表現として上手いしにくいですね。

 

一方2番Aメロでは「気付いて 手を伸ばした先には影も無く いつも前を歩く 暖かいその背中を すり抜け 目を逸らす」とし、どこか離れ離れになってしまったことを示唆します。あれ、ティザームービーのシーンってこれじゃなかった?追いかけていたのは歌詞カードの女の子でしたね。女→男の視点で描かれたストーリーということでしょうか。

 

とはいえサビの歌詞は何か強い意思が感じられます。

1番サビ「遠回りをすればするほど 強く 惹かれ合う 過去さえ塗り替えて 握りしめた地図広げて 戸惑いのサイン 振り切って 駆け出そう 」、また2番サビでも「想いが強くなればなるほど 深く 予感がするんだ 運命だって」とえんどるにしては前向きで真っ直ぐですね。離れれば離れるほど募る恋心は確信へと変わっていく、それが踏み出す前向きな意思表示に繋がるのはEndorfin.の中でも割と明るい部類に入ると思います。とはいえ、これもまた究極的には叶わないこと、それがAlt.Stratoという本性なのです

 

ただこの曲、「私」や「僕」といった一人称が一切存在しないんですよね。主格を排斥することによって、元々このストーリーとは違う文脈で作られた曲であり多少の齟齬はありつつも、抽象度を高くその分意味内容の幅を広げ、幼少期の思い出というストーリーの開始地点の役割を果たしているのかな

 

えんどるらしい爽やかな曲で、間奏の電子音とギターソロの疾走感も素晴らしいです。

 

 3. リフレクション

Cornus Floridaとは打って変わってロックで主観が強いエモーショナルな楽曲。このアルバム内だと一番熱くて好きですね。カラオケでも歌えますよ。歌詞カードのイラストは中高生時代の女の子。ああ青春って感じですね。

 

Bメロで3拍子に変えるという変則的な構成をしていますが、これがまたいいアクセントになってます。なくるさんのエモエモな歌声がさらに情感を引き立てます。本当に聴いてて気持ちがいいです。こんなロックテイストかつ爽やかな楽曲増えてください...  サビ入る前がとびっきり素敵なんですよ。夏らしい疾走感、晴れ渡った真夏の空の下、まさに「青春」という言葉がふさわしいその恋情の昂りと、その切なさを歌い上げる、Alt.Stratoの中でもとびっきり眩しい曲です。

 

この曲が素晴らしいのはまっすぐ過ぎる歌詞なんですよね。もうね...過去のいろいろな記憶を掘り起こされて刺さりますよ。

 

1番Aメロでは放課後(夕暮れ)と思わしき場面の提示、「先ゆく君」の存在と君を追いかける自分が表されます。1番Bメロで、「はがれ落ちた幼さの奥に芽生えた感情 君に言えないよ 一度きりのStory」として、Cornus Floridaとは真逆の感情が描かれています。そりゃ言えないですよね。「はがれ落ちた幼さの奥に」ってところは、前曲との連続性を感じさせますよね。

 

そしてサビの歌詞が非常にストレートで最強。

僕が僕じゃなければ僕は君に出会わない」くどいくらいの「僕」の反復が返って心に残りますよね。自己意識とその同一性、不変性を大前提とした上で「君」と出会った。もし寸分も自分が違ったら今の光景はない。ここの強烈な自己意識によって、見える世界が価値づけられる部分がEndorfin.ぽいなと思います。Horizon Noteにも通じるところでもあります。

さらに、2番のサビでは「たとえ世界に空が落ちても きっと僕は僕のまま」とこれまたエモい歌詞が出てきます。ここ好きな人多いみたいですね。「世界に空が落ち」るって、まさに天と地がひっくり返るような終焉って感じですかね。LOST-IDEAのフラグ...? いわゆるセカイ系の構図なんですよ。自己の対立物として世界を見据え、徹底的に不変な、ストイックな自己を陽刻のように浮き彫りにさせる。その指向は対峙する神様を暗示する「春風ファンタジア」や「終点前」でも多少見えますよね。

 

そんな強烈な酔狂にも似た自己意識を持ちつつも、いや持っているからか、「君」に伝えられないんですよ。ここに絶望的に解決不可能な矛盾が生じます。

2番Aメロ「いつもと同じ教室の風景 けれど確かに違う"今"がここにある 似通った毎日の中で 僕らはたぶん少しずつ変わり始めてる」と残酷に時は過ぎていくことを認識していながらも、ラスサビ「全ての"今"は過去になる 気付いているのに 弱虫な僕を叱って」となってしまいます。「全ての瞬間に恋をした自分の恋情には気付きつつも、何もできない「僕」。切ないですね。

 

この曲のもう一つの特徴は「今」が強調されていること。1番サビ「全ての"今"の輝きが乱反射して 今の僕がここに在るんだ」や2番サビ「全ての"今"が過去になるその前に 君に伝えておきたいんだ」と、「君」と出会えるタイムリミットを仄めかす「今」「僕」の存在の総体を構成する「今」、2つの意味を持ち合わせます。この表現ぶりからすれば、未来から過去を眺めるような回顧的要素はなく、常に視点はこの青春時代に置かれていると解せそうです。しかし、ここまで「今」を意識しながらも君に伝えられない、という事実は、「今」が過ぎ去ってしまったことをむしろ皮肉っぽく暗示しているのかもしれません。タイムスリップしたように、現在の軸にある主人公が、当時の彼/彼女に成り代わって余情を紡いでいる、そんな解釈もありかなと。タイトルのリフレクションはまさに「今」の状態や感情全てを乱反射して反映された「僕」の内省である、そんな意味が込められているのかも。

 

ただ、Alt.Strato全体に言えることですが一人称があやふやなんですよね。特にこの「リフレクション」では「僕」と「私」が混在しています。主格があいまいだとAlt.Strato全体のストーリもわかりにくくなります。この部分については他の曲の歌詞を見て検討するべきですね。まあ「リフレクション」の書きぶりだと、明るくはしゃぐ君とそれを追いかける内向的な自分というイメージですけど... 

 

ただもうえんどるの中でもピカイチに琴線に触れる曲です。情感たっぷりななくるさんの歌声が本当に過去の様々な記憶を艶やかに、不思議な明るさと切なさをもって蘇らせてくれるような、力強い曲ですね。

 

 4. 泡沫の灯

夏祭りと花火の夜、という感じの曲です。電子音をベースとしながらも途中に入るコントラバス的なサウンドと花火のSEがなんともおしゃれですよね。ラストの鈴虫のSEもまた美しくて儚い...

この曲、なごりんliveでなくるさんが歌っていました。ちょうど季節も夏でしたね。「ガラスアゲハ」も同じく披露されていましたが、何も言えなくなるほど非常に美しかった...

 

1番Aメロ→サビ→2番A'→Bメロ→間奏→サビ→転調ラスサビと曲構成はかなり特殊、転調部「君が大好きだったんだ」のところが非常にエモいです。今までの思いが全て爆発したような感じがして好きですね。歌詞カードのイラストは高校生の女の子。ただし顔は見えていません。一体...

 

サビの歌詞の情景描写がリアルで素敵ですよね。「涙と夏を結ぶ 夜風と菊花火 尾を引いて 水面に消えていく」泡沫の灯とはこの一瞬の火のことかな。「ずっと傍に居たのに 声は泡となって 君へは届かない宴の夜、周囲の賑やかさとは対比的に、涙が零れ落ち一人佇む自分、そして君に思いを伝えられずただ岩影から幸せそうな君を覗くことしかできない、もう君は傍にいない、2番Aメロの「行き場のない 慈悲もない もうすぐ夏が終わる」とかなり状況が絶望的なことになっています。切なすぎるでしょ... 「リフレクション」とこの曲の間で思い人の中で何かあったんでしょうね。違う好きな人ができた...とか。疎遠になってしまったとか。

 

いつからこんなにもこんなにも臆病で情けなくなったの」からも「Cornus Florida」のような前向きで真っ直ぐな意志(勇気?)は成長と共に剥がれ落ちてしまった、アルバム聴いててもここで胸が苦しく成りますね。

 

そんな取り返しのつかない現実に対してラスサビの「君が大好きだったんだ ただそれだけなのに 沈んでいく 呼吸も出来ない」って部分はかなりエモいです。ここのなくるさんの表現上手いなあって思います。サイコパスなくるんの「だいすき」連呼とは全く違いますね... リフレクションで恋心を、好きなんだって思いがこの曲で、でももう現実には無理で。「だった」と過去形になっているところがまた悲しい。全てが後手後手なんですよね。シーグラスといった海、砂浜のイメージとそこへと尾を引いて落ちる花火の残骸、「沈んでいく 呼吸も出来ない」とはこのモチーフに自分の思いを投影しているのでしょうか。咽び泣いて海に沈むように呼吸ができないほど息苦しい、そんな様子も想像できます。本当に残酷だなあ...

微かな鈴虫の音 君の居たあの夏へ 二度とは戻れない」のもまた、二度と「リフレクション」で描いた幸せな光景を見れないこと、全てを失ってしまったような絶望感や過去に対する後悔が滲みでています。鈴虫の音だけが、宴の後にも響き寄る辺のない恋心と共鳴しているような

 

この曲の作詞なくるさんなんですよね。悲哀を感じさせる歌詞を紡ぐのが得意というか... 

 

似たような思いをした人にはとにかく刺さるのでは?

 

 5. Four Leaves

元々SOUND VOLTEXに楽曲提供されていた曲で、CDverのみの収録となっています。この楽曲Endorfin.からコメントがあります。

 

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この中でFour Leavesにつき「何か始まりを予感させるような」「真っ直ぐな楽曲」と答えられています。確かにまっすぐな歌い方ですけど、この始まりの予感とは... スタジオ初収録だったということである意味えんどるにとっては一つ上のステージに立てた、記念碑的な曲なのでしょうかね。

 

曲調としてはspicaとよく似ています。間奏のピアノ部分はのちに「彗星のパラソル」でも踏襲されていますね。(歌詞も共通する部分があります。Horizon Claireの感想参照) 間奏からCメロ、ラスサビの畳み掛けも非常に盛り上がりますね。メガ博で披露された際も本当に格好よくて、原曲よりもなくるさんの声が甘々で最高に熱かったです!あの時に戻りたい...

 

Alt.Strato内でのこのFour Leavesはかなり特殊です。第一に「君」という単語がこの曲だけ出てきません。yourselfという言葉は登場しますが、恋愛感情に等しい存在もモチーフも特にありません。徹底的に自分自身への内省が描かれています。ただしそれもまた、様々な要素を含んでいて全体的にわかりにくいのですが... タイトルのFour Leavesも、四つ葉のクローバーのイメージ(幸福や希望など)を付与しつつも、4つ=春夏秋冬:季節の移り変わりという意味を込めているのですかね。「泡沫の灯」がかなり胸が苦しくなる情景だったので、この曲はまだ救い道はあるような気も...

 

歌詞の構成要素は大まかに分けると「自分自身」「言葉」「信じること」でしょうかね。

 

1番Bメロで「誰かの言葉に引かれ歩いた道を信じることは優しさと呼べるの」とありますが、今まで歩んできた旅路の是非を問うているのかな。その旅路を貫いてきたものは「誰かの言葉」だったのであって。大切な人の言葉ってどうも頭に焼き付いてしまうものですよね。それによってどんな貧乏籤を引くことになったとしても。あくまでその態度の是非が「優しさ」という指標で裁かれるわけであります。すごい倫理的な態度なんですけどね。

 

「信じること」の役割は、2番メロでも「願い」を通して登場します。「誰かの願いは他の誰かの願いになって信じることで星空を駆ける」とありますが、願いや祈りは個人的なものではなくて、他の誰かにも同じく伝播する、その媒介として「信じる」という行為を挟むことによって星空を駆ける=より高次元で高尚な願いへと昇華する。Alt.Stratoの文脈でいえば、この寄る辺のない恋情でありますし、それが叶わなくなった今(?)、星々にでもかけなきゃ報われませんから。

 

1番、2番、ラスサビで「言葉」「僕」との関係が浮き彫りになっています。

言葉にすれば消えてしまいそうなくらい 不明瞭な僕の意味を数えて この世界の片隅に重ねた呼吸で 誰のために願おう」(1番サビ)

言葉にすれば消えてしまいそうなくらい 曖昧なこの世界に何を残そう 心に触れた悲しみの糸は切り裂いて 欠けた日々を追いかけた」(2番サビ)

言葉にすれば消えてしまいそうなくらい 不明瞭な僕の意味を数えて 僕は僕のためにここにいるのだと 忘れないように歌い続けよう」(ラスサビ)

自分自身の曖昧さと言葉の重みが反比例した感じになっています。言葉に表せないものは世界から放逐される。言葉に頼っても自分の思いは表現しきれない、言葉の重みによって表現しきれなかった残滓は排斥されて、この世からなかったことになる。「想いは伝えきれない だからこそSingin'」とした「桜色プリズム」も、文脈は多少異なれど、言葉の限界を超える意味で「歌う」という行為に繋げています。「Four leaves」にとっては、自分を自分たらしめる思いを忘却しないための、一種の戒めのような行為として描かれているのかな。

 

その思いというのは願いや夢と重なる部分であり、2番Aメロ「まだ燻る夢のひとつ 鞄に詰め込めるほど軽くはない 押し寄せる時に呑まれて本当の自分さえも見えなくなる」 と表されています。「夢」とは先ほどの願いや1番Bメロの態度と繋がる部分であり、Alt.Stratoという文脈の元では思い人に対する思慕、もう一度君と一緒になりたいという思いなのかな。鞄に詰めきれないほど思いのたけは大きい、時が流れゆく中でもう運ぶことができない。時の移り変わりに翻弄されて本当の自分が見えなくなるというのは、サビ部分の内容を踏まえ、「Four Leaves」のタイトルの意味を繰り返しているのかな。

 

えんどるゲーソン曲は全体的に文脈がないのでわかりにくいですが、えんどるで繰り返されるモチーフから雰囲気だけでもキャッチできるのかな? でもどこか馬鹿正直なほど真っ直ぐな思いというのはひしひしと伝わるところがあって、それはどの曲にも貫かれています。本当に素敵なんですよね...

 

そして私の解釈は先ほど挙げたとまとさんの解釈とはほぼ真逆の線を辿ります。Alt.Stratoの文脈から考えると、次曲との整合性の関係上、まだ思いを振り切れていないととらえるのが合理的かなと思います。一方でそのような世界線を想定しないとする、単なる1曲として考えるならば、Endorfin.のお二人がおっしゃるように「何か始まりを予感させるような」楽曲であり、「君」への思いにケリをつけ新たな門出を迎える、その意味での「始まり」といえるのかもしれません。

 

なお歌詞カードの描かれたイラストはピアノを弾き語る女性。この曲を歌っているのかな

 

 6. Alt. Strato

表題曲:「Alt.Strato」Endorfin.にしては珍しいバラード調の曲。introductionでも使われたイントロのピアノの旋律が、この物語を聴いた後では深く心に染み込みますよね。ストリングスのサウンドもまた切なく響いています。

 

Alt.Stratoの意味を他の方々はどう理解したのかな? 直訳すればAlt: alternative or ドイツ語で「古い」Strato:stratosphere(成層圏)ということになるので、「もう一つの空」「古き時の空」って感じでしょうか。 「移ろう空の色さえ 二度とは出会えない」という部分からしてもそうなんじゃないのかな。

 

この曲のテーマはまさに「追憶」。かつて「君」と過ごした田舎町を訪ねているという感じでしょうか。「Cornus Florida」と同じような時間軸に立っているのかな。「懐かしい風に紛れこんだ あの日の君の影を探して」というアルバムの表題に繋げながら... いるはずもない影を追い求めて。

 

一つ一つの歌詞が本当に心の底から理解出来るですよね。

 

あの日と同じ蝉の声と刺すような青空 深く埋もれた記憶を痛いほど映し出した」は蝉の声と青空という夏を象徴する装置のような役割を果たし、視覚と聴覚を通して「リフレクション」や「泡沫の灯」のあの世界を、救われなかった現実を呼び覚まします。

 

時は流れここはきっとあの頃とは違う場所 移ろう空の色さえ 二度とは出会えない」からは、やはり昨日のことのように覚えているあの場所であっても、長い年月が過ぎたために記憶の場所とは程遠くなってしまったことを指しています。街並みが変わった、再開発でかつての遊び場が消滅した...など物理的な要素もありますが、何か大切な人と過ごした記憶が結びついて認識の中の場所というのは存在しているから、追憶の中でしかその人がいない以上、もうすでに今訪れた町というのは抜け殻のようなものでしかないのです。この曲の情景が、自然のもの(蝉の声、流れてゆく雲)でしか表現されておらず、秘密基地のような特定の人工物や建物については表現されていないのがその証左かと。Horizon Claireの「残光」や「ミントブルーガール」においても「場所・舞台」の存在が強調されていますが、これらにも同じことが言えます。

 

BメロやCメロでこのような記憶は全て捨て切れたと歌っていますが、結局は思い返してしまう。記憶というのはそれだけ厄介なもので、辛いもので、太陽のように輝く過去に今の自分を照らし合わせ、縛めらせてしまう

 

サビは1番と2番比較するとこの物語の主人公の思いの揺れ幅がわかります。これまた経験したことのある人にとっては十分響くものなのでは?

夏の青に包まれて 止めどなく溢れ出す哀 もしあの時間に戻れたなら 今は変わるのかな

夏の青に包まれて 止めどなく溢れ出す哀 もしあの時間に戻れたとしても きっと言えない

「今は変わる?」→「過去に戻っても言えない」という心境の変化が見られますが、ではなぜ過去に戻っても言えないのでしょうか?この理由がきっとAlt.Stratoの世界観の根本にあるテーマではないかと思います。

 

ですがこの理由についてはここでは伏せておきます。「記憶の君にさよなら」がヒントになりうるのかな。

 

そして最後に「君は君の道へ 私は私の道へ きっともう交わらない平行線を歩いてゆくのだろう 」とアルバムのキャッチコピーが表され二度と会えないことが暗示されますが、「そしてまたこの町のどこかで・・・」とどこか再会を願うなどやっぱ諦めていないことが示されています。なんというか、なんというかですね(語彙崩壊)

 

Endorfin.はモチーフの使い方が非常にうまいんですよね。そこからの情景の映し方も。

「夏の青」→「哀(藍)」って流れ、青は藍より出でて藍より青しじゃないけど、綺麗な表現だなって思います。「青(蒼)」という表現は他楽曲にも見られ、「続いてく青に反射して混じり合う」 (「桜色プリズム」)「蒼に溶けていく」(「海月」)、「蒼が割れて 灰に散る」([Kaleidoscope])とあります。溶けたり包まれたり混ざったり割れたり忙しいですね()

 

感情移入がしやすいエモい曲の代表格として、自分自身はこの「Alt.Strato」を位置付けています。

 

そこには憎しみの神はあるが、救いの神はない。なぜなら、地上における失敗は、永遠にとりかえしがつかぬからだ。神は人間の外部的な行為について罰するのみで、その内的動機によって救いとろうとしないのである。

 

福田恒存 『人間・この劇的なるもの』

 

歌詞カードについてと残された部分

歌詞カードに載っているイラストについてまとめると

 

・Cornus Florida: 幼少期の女の子 枝を持つ

・リフレクション: 中学生の女の子 紙ヒコーキ

・泡沫の灯: 高校生の女の子 夜空の下一人佇む

・Four Leaves: 大人の女性 ピアノの弾き語り 

・Alt.Strato: 二輪のひまわり リボンで結ぶ

 

そしてアルバムジャケットの裏は教室の机、歌詞カードの裏にはホームページでは白紙となっていた紙ヒコーキに「ずっと言えなかったけど、僕は君のことが好きです。返事待ってます。君の気持ちが知りたい。」と。非常に憎い仕掛けが施されています。いや、これは泣くでしょ

 

残された問題として、一人称のズレがあります。特に「リフレクション」では「僕」と「私」の両方が用いられ、「Alt.Strato」では「私」が一人称、他の楽曲と紙ヒコーキの手紙の中では「僕」となっています。「僕」というジェンダーを男として、「私」を女として捉えるならば、この物語の主人公とは何者なのでしょうか。本当に一人の主人公の片思いの話なのか、実は男女両方の恋模様が描かれており(楽曲によって視点が違う)、両想いだったけどお互い告げられずに終わってしまった話なのか。

 

きっとその両方で解釈できるのではないかと思います。自分としては青春時代を綴る「リフレクション」「泡沫の灯」で「僕」が使われ、「Alt.Strato」の追憶時では「私」が使われていることから、「どの時代の視点で立っているか」で一人称が変わっていると解し、男→女への片思いだと思っています。まあそうすると歌詞カードのイラストなど整合性が取れない部分も出てくるんですけどね。

 

それと歌詞カードのイラストを見る上で気になった点として、どのイラストにも藍色のリボンが出てきているんですよね。髪につけたりカバンにつけたり、ひまわりを束ねたり... 幼少期から大人になるまで一貫して付けられているのは何か大切な意味でも込められているのかな。大切な人からもらった...とか。二輪のひまわりを束ねたイラストが「Alt.Strato」では描かれていますが、これは2人が結ばれてくれという願掛けでしょうか。そこにこのリボンを使っていることも妙に示唆的ですよね。でも歌詞には一言もリボンの存在は明記されていません。

 

明記されていないといえば、あれだけジャケットに描かれた「ひまわり」🌻も歌詞には出てきていないんですよね。

でもどうしてひまわりを見ると妙なノスタルジアや切なさを想起させられるのでしょうかね。一応花言葉は「憧れ」「あなただけを見つめる」ということですが... 「ひまわり」という1970年のイタリア映画の影響か、「Mother3」第6章 ひまわりの高原の例のシーンか、自分が思いつく限りだと悲哀やら別れやらと繋がっているような気もするけど。何というか、架空の青春なり故郷をでっち上げた挙句、それに対する郷愁を元に現実(現在)の自分を裁くような、中々理不尽でエグい装置ですよね、ひまわりって。

 

解釈の余地は無限にありますが、一つ一つ要素を取り出していくとああこれわかる〜ってところばっかりで、自分も失われた青春を思い出したような気がします。

 

Endorfinのアルバムのイラストについて

 

Alt.Stratoのアルバムジャケットで描かれている女の子は、Horizon Noteで描かれていた子とそっくりですね。

 

いつの間にかなくるさんのイメージになっていました。「自然は芸術を模倣する Life imitates art」とはまさしくこのことで。藍月なくるという存在がこの銀髪の女の子に模倣される、ふーみ先生やその後えんどるのジャケットを手がけたおしお先生*1、アシマ先生でもEndorfin.の中でこれらの諸要素が反復され、a20さんによる本人新規イラストに代表されるように、なくるさん本人を模倣した。過去のなくるさんのアルバム(Nacollection!やアプルフィリアの秘め事など)の七瀬えか先生のイラストでも銀髪のモチーフはすでにあったので、6年以上ですかね。

 

そして何よりこの銀髪モチーフと模倣には数々のファンアートが有機的に結合しています。この営みこそが一番重要なのかなと個人的に思っています。ある種えんどるのアルバムジャケットは不思議な肖像画なのかもしれません。

 

そしてこのモチーフの連続性と模倣との関係においてAlt.Stratoのイラストの意義とは、Horizon Noteから始まり、Horizon Claireで大団円を迎えるEndorfin.の一つの物語のキャラクターイメージを確立(始まりではない)であり、語弊を気にせず言い切れば、「Endorfin.のなくるさんの肖像画であると思います。

 

ここらへんにまでにします。ほよ〜

 

 

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(多分追記します) 

 

 

 

*1:ただしLOST-IDEAにつき、具体的なストーリーの登場人物であるためこの議論の対象からは外れる、なお当該アルバム発売当時、シロの方をなくるさんはアイコン画像に使用していました。それを考えると基本的に踏襲されている?